今夜、シンデレラを奪いに
「いたいけな若者をいたぶるなど、年長者にあるまじき行いです。今すぐ改心してください。」


「あははっ、いたいけな若者は自分のことをそう言ったりしないから。

こういう時だけ年下ってことを利用するなよ、副社長。たまには部下の相談にのってくれても良いだろ?」


「悪辣な鬼が相手なので手段を選んでいられないんですよ。

高柳さんこそ都合よく部下の立場を使うのは感心しませんね!」


ぷぅっと口を真一文字に引き結んで不満を示す真嶋と、何を言われても楽しそうに笑ってる高柳さん。


二人の立場だけを考えれば事業部長が副社長に辞表を突きつけているのだから、会社のトップ同士のシリアスな会談と言っても良いのかもしれない。

…………だけど、この感じはちょっと違う。辞表を挟んで会話してる割にはフレンドリーな二人。


ふて腐れた態度を隠そうともしない真嶋は、まるでお兄さんの意地悪に文句を言う弟のようだ。第三者から見れば、高柳さんに甘えているようにしか見えなくて妙に可愛い。



「その辞表を握り潰したいなら、方法はひとつしかない。」


「嫌です」


「副社長の立場を公にするんだ。それで機密は無くなるから、矢野さんと俺の機密違反もチャラ」


「人の話を聞きなさい、無理です。」


「エヴァーグリーンも君という貴重な人材を得て、言うこと無しだと思うんだけど。」


「公にしなくとも仕事はしますから変わりません。」


「認識されてるのとされてないのとじゃ全然違うよ。それに少なくとも矢野さんと俺、二名分の人材流出は防げると思うなぁ」


「む…………」



高柳さん。あんまりいじめたら、いくらなんでも真嶋が可愛そうですよ。


私の目的は同じだから、高柳さんはこれ以上なく強力な味方だ。だからこんなことを思ったらバチが当たりそうなんだけど、笑顔でじわじわと追い詰める様子を見てると何だか真嶋に同情したくなる。



始めから高柳さんは、真嶋を正式に副社長の座に着けるのが狙いだったんだ。

だから機密保持違反をしてまで私の願いに手を貸してくれた。それは高柳さんにとって「イチかバチかの仕事」だった。もし真嶋が突っぱねるなら会社を辞めても構わないと決断するほどの強い思い。



だけどそれは会社のためではなくて、きっと真嶋のことを大事に思っているからだと思う。



真嶋は何かを観念したように、小さくため息をついた。


「仮に…………あくまで仮に、百万歩ほど譲って高柳さんの要望に応えるとして、ですよ?

俺は今の仕事を放置するわけにはいきませんので」


「兼務で構わないよ。これまでと違ってバックアップがあるんだから大丈夫。

矢野さんをオーク監査部付けにしたらいいでしょ、君の直属部下として。」



「えぇ!?」


話の展開に驚いて思わず二人の会談に乱入してしまった。真嶋の後ろからモニタ越しに高柳さんに「そこが新しい配属先ですか?」と質問する。


すると高柳さんは眉をしかめて「………服が」と言葉を濁した。そういえばホステスさんのドレスのままだった。


キッと後ろを振り返った真嶋が乱暴にジャケットを押し付ける。着ろということらしい。


「矢野さんはナツくんの仕事を手助けするのが望みだと言ってたろ?

さすがにこれまで通り彼の上司ってわけにはいかないけどね。」


普段の呼び方なのか、高柳さんは真嶋のことを「ナツくん」なんて親しげに言った。そして、とびっきりの願いを叶えようとしてくれている。


「是非そうしてください!!」


これからは真嶋と一緒に調査でも何でも…………と思いを馳せていたら、鋭い声が耳に刺さる。


「反対です。それだけは絶対に看過できません!」
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