今夜、シンデレラを奪いに
高柳さんの言葉は、私が上手く言えなかったことをきれいにすくい取ってくれたみたいに聞こえた。ずっと黙っている真嶋に高柳さんが再び声をかける。


「誰も巻き込めないと思ってる時点で、君が抱えているものは仕事とは言えない。」


「仕事ではないなら一体何だと、」



「贖罪だよ。仕事と言いながら君がやろうとしてるのはまるで贖罪だ。

不正を正すのは君の使命かもしれないが、オークの不祥事は君の罪じゃない。勘違いするな。」



「………あなた方は…………二人がかりで、何度も好き勝手言ってくれますね。」



下を向いたまま、聞いたこともない掠れた声で呟くから胸の奥がきゅうっと苦しくなった。


大人びた顔に隠されたもうひとつの素顔。肩に乗ってる責任が人と比べて重いというだけで、真嶋はまだ25歳だ。男の子と言うと怒られそうだけど、大人としては駆け出しの歳なんだ。


真嶋は高柳さんの辞表をぐしゃっと力一杯握りしめ、そのままゴミ箱に放り投げる。それが答えだった。






「わかりました恐喝犯、要求を飲みます。鬼畜、悪の皇帝、悪魔」


顔を上げた時には、いつも通りのツンとすましたふてぶてしい真嶋に戻っている。


「あはは酷いな、身に覚えのないのまで増えてるんだけど。

矢野さんを巻き込んでも支障ないように、ブラックな仕事のやり方は改善しなよ。」


「善処しますが…………冷静に考えてみれば彼女は最も諜報に向かない人材ですね。猪突猛進で、すぐに騙される。」


げんなりしたような視線を投げられて、ムカッとして言い返す。


「ば、馬鹿にしてっ。もう今までみたいにはいかないんだから。だいたいコーヒーに睡眠薬を混ぜてるなんてわかるわけないでしょ!」


そう言うと、高柳さんが驚いたように「どういうことだ?」と聞き返してくる。


「矢野さんはホステスの真似事をしてたんだから、少量でも酒を飲んでたんだろ。薬なんか飲ませたら危険だぞ」


「高柳さん、この話の追及は止めましょう、今すぐに。世の中には知らない方が幸せなこともあります。」


何故か真嶋が焦って口を挟む。あんなに堂々と「眠らせるためのコーヒーです」とか言っておきながら、今さら何だっていうの。



「念のため、彼女に何を飲ませた?いくら何でもやっていいことと悪いことが」


「カフェインレスコーヒーと……プラシーボ、です」


早口の小声で真嶋が言うと、どういうわけか高柳さんがものすごく気まずそうに「あ、ごめん……」と視線を反らしている。


「あの薬、良く効いたよ。体調も問題ないし眠れない時のために私も買っておこうかな。プラシーボって高いの?」


「安価といえばこの上なく安価ですが、市販されてません。それ以前に透子に睡眠薬は要らないかと」


真嶋は目を合わせずに捲し立てる。何故だろう、この二人においてけぼりにされてる感じがする。


「そういうわけなんで、矢野さんは恐ろしく諜報に向いていません。疑うことを知らないから暗示にもかかりやすい。

仕事に影響が出たら高柳さんの任命責任を問うことにします。」


高柳さんが「それは勘弁して」と言って困ったように笑っている。
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