今夜、シンデレラを奪いに
そんなこと、あったっけ?

思い出してみるけど、ドキドキと鼓動がうるさくて何かを考える余裕はなく………


「あの頃は透子を笑顔にする方法が分からなくて、毎日がもどかしかった。」


ウエストの上で柔らかく交差する腕も、囁くような甘い声も、私の知ってる真嶋と全然違う。私たちの距離感はこんなふうじゃなかったはず。



「今思えば、空虚で淋しそうな顔を見るのが嫌であなたを怒らせてばかりいたのが始まりでしょうか。」


「始まりって……何の話?」


耳に頬が触れて体がびくっと固まる。動けない間に顔がぴったりと付けられた。

それが年下らしく甘える仕草なのか、強引な男の人の仕草なのかわからない。わかるのは全身をくるっと包まれているということだけだ。


「あなたに恋をした、間抜けな元部下の話です。」


「っ…………。だっ、そういうことを、急に、」


身じろぎすると、少しだけ腕の力が強まる。その分真嶋の温度が近づいてさらに呼吸しづらくなるばかりで。


………こういうのは、私達らしくないってば。


「透子が笑顔になるならそれでいいと。

幸せにするのは俺でなくてもいいと、繰り返し心の中で唱えていました。

その回数を重ねる度に、自分でも馬鹿なことをしているとわかっていたんです。

本当はあなたを欲しがる気持ちに果てなんかないのに。」


「…………あの、ねっ」


そろそろ、いつもの憎まれ口を言ってくれないと落ち着かない。


優しい声にどう答えていいかなんて知らない。



何を言えばいいかわからないのでお腹の上に乗った真嶋の手にそっと触れる。でもその手すらぎゅっと掴まれて堪らない気持ちになった。


「こちらを向いてください」


体の向きを変えようとする手に思わず抗ってしまい「どうして?」と幾分切実さを増した声で問い返される。


「顔が熱いから尋常じゃなく赤いと思う、今は見られたくない絶対無理」


一気に早口で捲し立てたら、クスクスと笑われた。


「それは俺のせいですか?俺のせいで顔が赤くなる透子を見たい。」


「ばか!」


真嶋はこんなに優しいのに、どうして私は無意味な罵り言葉を口にしてるんだろう?ばかなのは私だ。



「好きです。あなただけは、かけがえがない。」


「…………ずっと、すっごく心配したんだから。

勝手に居なくなって、どれだけ………どれだけ私がっ………淋しかったと思ってるの、馬鹿、あほ!」


「すみません。今後は淋しい思いはさせないと誓うので、許して頂けますか?」


「許さない!」


やっとの思いで振り向いて、ずっと見たかった真嶋の顔を見つめた。だけどそれはすぐに歪んで見えなくなる。勝手に涙が溢れてくるからだ。


「絶対許さないから。ずっと、文句ゆってやる………」
< 116 / 125 >

この作品をシェア

pagetop