今夜、シンデレラを奪いに
泣き顔を真嶋の胸板に押し付けられて、きつく抱き締められる。


「それも良いですね。俺が居なくなって嫌だったと、何度でも言って下さい。」


泣いているとあやすように髪を撫でられる。真嶋に髪を撫でられるといつも不思議な気持ちになる。
繊細な淡い感触は、壊れやすい宝物でも扱うような手つきだから苦しくなってしまうのだ。私の頭はそんなに優しく触らなくても大丈夫なのに。



「何度も真嶋の夢を見たの。暗闇の中で確かにそこにいて、苦しそうな顔をしてる。助けなきゃと思うのに、手を伸ばしても届かなくて」



広い背中に手を伸ばす。夢の中ではいつも届かなかったから、今こうして触れられるのが奇跡みたいに思えた。手のひらがワイシャツ越しに体に触れると、指先に電気が流れたみたいに粟立つ。



「透子……」


そっと両手を背中に回したら、また少し真嶋の腕の力が強くなる。髪を撫でる時には繊細なのに、抱き締める強さには躊躇いがないなんて変な奴。只でさえ呼吸がしづらいのに、これじゃ余計に胸が苦しくなる。



「悪い夢ばっかり見るから、すっかり睡眠不足になって困ってる。全部真嶋が悪い」


「ふふっ、そうですね、全て俺が悪いです。」


憎まれ口をぶつけてもクスクスと笑われる。大人が子供を甘やかすような態度をされたら、私だけが子供じみてるみたいじゃない。


「なんで笑ってるのよ」


「透子の照れ隠しが分かりやすくて、可愛いから。」


「っ、何言って」


「気持ちに余裕があれば、あなたを永遠に照れさせてみるのも良いですね。今度やってみようかな」



笑いを含んだ声でからかわれた。私は真嶋の言葉ひとつで息が止まりそうなほどドキドキしているのにコイツはもうっ………!


「良いわけあるかっ。

だいたいあんたは呆れるくらいいつも余裕に溢れてるでしょ。」


「………違いますよ。少なくとも今は、精神的余裕はありません」



腕の力が緩くなって体から顔が離れる。吸い込まれるように真嶋を見上げると、息を飲むほど美しい瞳がほんの少しの憂いを帯びて、真っ直ぐに見つめ返してきた。



「透子を前にして、俺に余裕などありません。あなたが欲しくてたまらなくなるから」


頬に片手が添えられて、柔らかな指先に縫い止められたように体が動かなくなる。


「ぁっ…………」


緩やかに頬を撫でた親指が唇の上に乗った。微かな力で唇を押されて、体が焼かれてるみたいに熱くて苦しくなった。


「それに、さっきの答えをまだ聞けていません。

透子には恋かどうかわからないままですか?」


「んっ………。真嶋だってわかってるくせに」


話をするなら手をどければいいのに、唇に親指が押し付けられたままだから喋りにくい。その指先に唇をなぞられると、膝から力が抜けそうになる。


「聞かせて下さい。できれば今後は何度も。

わかりやすい言葉を欲しがるのは子供じみているでしょうか」



子供じみている?


そんなことを気にするの?年下だから?


真嶋らしくなく健気な言葉に、私の意地っ張りな気持ちが溶かされる。


「好き………」
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