今夜、シンデレラを奪いに
彼が驚いている間にベットから飛び出した。ナツユキ、と口に出すとくすぐったいような甘さが胸の奥に広がっていく。


「………透子が先程、『お腹いっぱい』と表現した気持ちが少しだけ理解できました。

これは、何と言ったらいいか…………。

もう一度名前を呼んで貰えますか?」



目を丸くしてこちらを見上げている。その表情が普段より少し幼く見えて、全身をバタバタさせたくなるほど愛しい。



ナツユキ


好きで、好きで、私はどうしていいか分からない。



「やだ今日は照れる。もう寝るし寝る前にお風呂入るっ。

言っとくけどいわゆる情事の前のシャワー的なことじゃなくてこれからお湯張って本格的に入浴だから。私はめちゃくちゃ長風呂だから先に寝てなさい真嶋!」



「な……理不尽過ぎる………」


呆然としている彼を無視してバスルームに逃げ込んだ。体を洗って、メイクと睫毛を丁寧に落として、それでも治まらない胸のドキドキを湯船に浸かって沈める。


ベッドルームに戻った時には彼の規則的な寝息が聞こえていたのでほっとして、大きなベッドの隣に潜り込んだ。



「全然、眠れそうにないけど……」



いつか真嶋と初めてのちゃんとした夜を過ごすときには少しでも綺麗にメイクして、悪趣味と言われないような服を来よう、と、その時は強く思って。



でも結局、その決意は無駄になった。




「あ……」


手を伸ばしたら彼の指先に触れた。眠っているのをいいことに勝手に指先を繋ぐ。


しばらくしてからもう一度だけ寝顔を見ようと横を向くと、静かにこちらを見つめる彼と目が合った。





その表情があまりにも幸せそうで


瞬きもできなくなり。


そんな顔をして、ずっと私の方を見てたの…………?




指先がちりっと痺れて、その後はお互いが引かれ合うように体を重ねていた。


何度も何度も恥ずかしくなるほど「綺麗だ」と言って唇をつけられるので、「気を使わなくていい」も「もう分かった」も全部言い尽くしてしまった。

だから途中からは言葉の代わりに、ただ名前を呼んで。


「夏雪」


と声に出す度に彼は幸福そうに眉を寄せ、熱い腕をいっそう強く私に絡ませる。胸に灯る疼くような甘さも、叫び出したいほどドキドキする気持ちもずっと治まる事はなく。


彼の熱に溺れながら、寄る辺を求めるように背中を強く抱きしめていた。
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