今夜、シンデレラを奪いに
「……はじめまして。

どうしたの?何か気になることでも?」


恐る恐る聞き返すと、怪訝な顔をしたまま見つめられる。この顔にじっと見られるのは針のムシロのようだからやめて欲しい……。


たっぷり10秒ほど目を合わされた後。


「……よろしい。賢明な態度です。」


およそ部下が口にするとは思えないエラそうな言葉が返ってきた。賢明な態度、だと?



「どういうことよ、それ」


「言葉通りの意味です。矢野さんの対応は評価します。」


上から過ぎる物言いに「いい加減にしてよ」と怒鳴ると、小馬鹿にしたように鼻で笑われた。


「矢野さん、髪は長い方が似合うと思いますよ。」


髪型にまでケチをつけられるとは。最近になって肩下10センチくらいの髪を、前下がりのボブにしたばかりなのに。


「……失恋で髪切るとか、昭和か」


「なんか言った?」


ボソボソと聞き取れない声で何かを……恐らくは文句を言われた気がするけど、聞き返しても「何でもありません」と笑って誤魔化される。




こいつ……自分がどう見えるか分かってやってるに違いない。悔しいけど、誤魔化されてると分かっていても見惚れるような美しい笑顔だ。まるで、世界そのものがキラキラと輝いてるようにしか見えない。


「……もういいわ。まずは業務の説明をすると、」


「存じてるので結構です。手短に矢野さんの担当案件について教えてください。」


仕事のことを教えてあげようと思えばこれだ。『今時の若い者は』と嘆くレベルすら越えている。


「そんなに自信があるなら自分で説明してみなさい。」


ナメられてはいけない。私はまだ部下を持つような器じゃないかもしれないけど、任されたからには全力で指導するつもりだ。


かつて、鴻上さんが私にそうしてくれたように。


今は私が後輩に道を示さないといけないんだから。
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