今夜、シンデレラを奪いに
「私も同じのをください」
マスターにそう言うと、鴻上さんがびっくりしたように視線をあげる。
「これけっこうキツイよ?大丈夫?」
「鴻上さんの失恋の傷が早く癒えるように、私も付き合いますよ」
…………嘘。
私は自分のためにこのカクテルが欲しいだけ。不思議そうに首を傾げる鴻上さんに説明を続けた。
「ギムレットの意味は『遠い人を想う』です。これは失恋のカクテルなんですよ。」
「そうなの?だからマスターが奢ってくれたんだ!
そんなに俺って分かりやすいかなぁ……ハズカシイ。」
照れ笑いをする鴻上さんに、マスターは「不躾にすみません」と優しく微笑んだ。鴻上さんは会社以外の場所でも、いろんな人に大事にされてるんだ。
「それにしても矢野は物識りだな。カクテルを語れるなんてバブルのオッサンみたいだぞ?」
茶化すように笑って、もういつもの調子を取り戻していた。さっきの泣き笑いのような表情はすっかり隠されている。
あんな顔をするほど辛い想いを抱えていても、鴻上さんはあくまで気の良い先輩の態度を崩さない。
それはつまり、これ以上踏み込んでほしくないサイン。
ほんの少しでも私に甘えてくれたのなら。淋しいと言ってくれたなら。身代わりでも、体だけでも構わないから慰めてあげられるのに。
それとも、思いきって私から迫ってみるとか。例えば手を握って「今だけは失恋を忘れてください」とか言ったりして……。
「オッサンで悪かったですね!
呑んべえですから、自然とお酒に詳しくなるんですよっ」
現実には、そんなことを実行できる筈もなく。
言いたいことを何一つ言えないまま、私の恋はあっけなく破れた。
いつからだろう?
人前で泣けなくなったのは。
傷ついても、咄嗟に取り繕うようになったのは。
大人の分別を身に付ける度に、自分の感情を誤魔化すようになってしまった。
マスターにそう言うと、鴻上さんがびっくりしたように視線をあげる。
「これけっこうキツイよ?大丈夫?」
「鴻上さんの失恋の傷が早く癒えるように、私も付き合いますよ」
…………嘘。
私は自分のためにこのカクテルが欲しいだけ。不思議そうに首を傾げる鴻上さんに説明を続けた。
「ギムレットの意味は『遠い人を想う』です。これは失恋のカクテルなんですよ。」
「そうなの?だからマスターが奢ってくれたんだ!
そんなに俺って分かりやすいかなぁ……ハズカシイ。」
照れ笑いをする鴻上さんに、マスターは「不躾にすみません」と優しく微笑んだ。鴻上さんは会社以外の場所でも、いろんな人に大事にされてるんだ。
「それにしても矢野は物識りだな。カクテルを語れるなんてバブルのオッサンみたいだぞ?」
茶化すように笑って、もういつもの調子を取り戻していた。さっきの泣き笑いのような表情はすっかり隠されている。
あんな顔をするほど辛い想いを抱えていても、鴻上さんはあくまで気の良い先輩の態度を崩さない。
それはつまり、これ以上踏み込んでほしくないサイン。
ほんの少しでも私に甘えてくれたのなら。淋しいと言ってくれたなら。身代わりでも、体だけでも構わないから慰めてあげられるのに。
それとも、思いきって私から迫ってみるとか。例えば手を握って「今だけは失恋を忘れてください」とか言ったりして……。
「オッサンで悪かったですね!
呑んべえですから、自然とお酒に詳しくなるんですよっ」
現実には、そんなことを実行できる筈もなく。
言いたいことを何一つ言えないまま、私の恋はあっけなく破れた。
いつからだろう?
人前で泣けなくなったのは。
傷ついても、咄嗟に取り繕うようになったのは。
大人の分別を身に付ける度に、自分の感情を誤魔化すようになってしまった。