今夜、シンデレラを奪いに
鴻上さんの言ってることが理解しきれなくて、首を傾げる。


「そっか伝わらねーか……。

じゃあ幻滅されるの覚悟で言うけど、努力してなかったら矢野をホテルとかに連れ込もうとしてたかも。」


「…………っ!?」


からっとした笑顔には全く似合わないことだったので、フリーズして目を見張る。


「だけど矢野は俺にとって、適当な気持ちで手を出していいような娘じゃないから。

大事な後輩だから、止めた。そういうコト」



胸が痛いけど、同じくらい嬉しい言葉。

目を合わせるのが辛くなってうつむくと、わしゃわしゃと髪をかき混ぜられた。


「気持ちに応えられなくてごめん。でも大事なんだ。

女としても可愛いと思ってるって分かって」


「こういうときに優し過ぎるのは、あんまり優しくないですよ」


「うん、ごめんな」


顔を上げるといつもの笑顔が見える。私も何とか不器用に笑顔を作ると、鴻上さんは「帰るか」と言って駅に向かう道に足を向けた。


喉の奥がツンと痛い。もう一度奥歯を強く噛んでみるけど、あまり長い間我慢できなさそうだ。



「お手洗いに寄って帰りますので、ここで」


「待て待て待て!

この状況でトイレで一人で泣こうとするなよ!!ちゃんと側にいるから」


泣きそうだったのは見抜かれたみたいだ。気付かないフリをしてくれたら良かったのに。



鴻上さんにはもう十分過ぎるほど優しい言葉を貰ったんだもん。これ以上困らせたら、きっと私は自分を許せなくなる。



「本当にお手洗いですから!少しも待てません!!


漏れたら鴻上さんのせいですよ!だ、大だったらどうするんですか!?」



「ぶっ…………

大って、仮にも好きと言った男の前でお前」


鴻上さんは暫く笑いを堪えてたけど、我慢の限界が来たようで思いっきり笑ってる。わざと言ったこととはいえ、他に言い様が思いつかなかった自分が恨めしい。


「トイレ!行きますからっ!!」


「分かった、分かった。強情だなー。

気ぃ使ってるときに、そうやって自分を落とすのは矢野の悪い癖だぞ。


……気を付けて帰れよ」


鴻上さんは駅へと一人向かって行く。

凄く恥をかいたけど、これで困らせずに済んだ。お店のトイレに駆け込む余裕もなくて、路地裏に回り込んで目を擦る。












「想像以上の、馬鹿がいる」








今だけは絶対に聞きたくない奴の声が……聞こえたような……。
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