今夜、シンデレラを奪いに
部屋着が和装なのは来客に限った話じゃないらしい。真嶋まで浴衣に着替えていた。


チャコールグレーの無地の浴衣に、深い紺色の帯。佇まいだけで茶道家を思わせるような上品さだ。お風呂上がりなのか髪がまだ濡れてるのが余計に悪い。


色香というものを具現化したらこうなりました!と言わんばかりの姿。世の中の平和のために、その格好で外出しないことを強く勧めたい。



「具合悪いんだから、寝てなさいよ……」


「解熱剤と疲労回復の点滴を打ったので、もう大丈夫ですよ。」


真嶋は私の動揺など気にすることもなくお料理を座卓に乗せている。


「小日向さんが夜食を作り過ぎたので、食べるのを手伝って貰えればと思いまして」


目の前には料亭のコースと見間違うような豪勢な食事が並べられていた。

丸みのあるお皿に盛られた冬瓜の冷製に始まり、海老真蒸の入ったおすまし、鴨ローストはうっすらピンク色で芳醇な香りを放ち、それから水茄子のお漬物、滋養あふれる中華粥……


「すっごく美味しそうだけど……こんなにたくさん?」


「たまに実家に帰ると、はりきって食べきれないほどの食事を作るんですよ。よくある話でしょう?」


確かに実家に帰れば、母親にアレコレとたくさん食べさせられる。でもそれは唐揚げを多く揚げちゃうとか、ハンバーグとカレーライス両方作っちゃうとかそういう話で。

真嶋の言うよくある話というのは、およそ世間とかけ離れている。



だけど、小日向さんが真嶋のためにはりきって準備したんだと思うとなんだか心が温かくなった。よく見れば消化に優しいメニューばかりだ。


「小日向さんて真嶋のことすごく大事にしてるんだね。それになんだか可愛い人」


「……ですので、あまり残すのは申し訳なくて」


真嶋もいつもより柔らかな表情をしている。


「そういうことなら、遠慮なく頂きます」


一度食べ始めると美味しくて止まらなくて、あっという間に箸を進めた。もうお腹いっぱいと思った時にマスカットと無花果が彩られたデザートを見せられ、「やっぱりそれも貰う」とスプーンを手に取る。
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