今夜、シンデレラを奪いに
「あ……会社に忘れ物してきたんで、取りに帰りますね」


「そっか。それなら急がないと、今日は電気系統の点検日だから全館停電になるぞ?

また今度ゆっくり飲もーぜ」


ギムレットのグラスが空になると、嘘をついてその場を離れた。私がここにいたら、きっと鴻上さんは感傷に浸ることもできないだろう。



それに、私も早く一人になって泣きたい。もう我慢の限界だ。ビルの点検前で残業してる人がいない社内なら丁度いい。



薄暗く、誰も居ないオフィス。フリースペースのデスクにたどり着くと顔を伏せて泣いた。


「……っ」


一人きりなのに声を殺して泣く。そうやって泣くのが癖になってる。



ずっと、ずっと、好き……だっだのに……


さっきの態度で、鴻上さんにとって私は完全に恋愛対象じゃないことまで分かってしまった。

優しかったんだけどな。うっかり自分が特別なんじゃないかって勘違いしてしまうほど。



せめてもう少し、夢を見ていたかった。会社で毎日会えていた頃はどんなに良かっただろう。


鴻上さんに認めて貰える仕事がしたいという目標も失って、恋も失って、私はまるで空っぽだ。


憧れの会社に入社して7年たつのに、少しも思うような自分になれていない。入社当時は30歳手前になっても半人前だなんて想像していなかったな……






「……」



ぼんやりとした意識の中、人の話し声が聞こえてくる。泣き過ぎて眠ってしまったんだろうか。だとすればこれは夢……?



「……例の件、進んでいるか?担当は誰だ?」


「問題ありません。2年程で……の頃合いになるでしょう」


夢にしてはやけに現実的な会話だ。



「コンサル担当は鴻上ですが、異動済みです。本件に関わる余地はありません。

営業は誰だったかな、まだ若い女。気にするまでもありませんよ。」



コウガミ、と聞こえてきて意識が急激に冴える。これは現実だ。目を開けているかどうかもわからないほど辺りが暗いけど、扉を隔てた先で誰かが話してるんだ。



顔を上げようとすると人の手に当たった。


誰かいるの?と思う間もなく強い力で押さえられる。悲鳴をあげる前に口も塞がれた。


「……!」


「静かに」


耳元で極限までボリュームを抑えた男性の声がする。


どういうこと?


真っ暗闇で誰か知らない人に押さえつけられてるなんて、酷くまずい情況じゃないの!?


早く声をあげて、扉の向こうにいる人たちに助けてもらわないと!!


腕を振りほどこうとすると、羽交い締めにされてますます恐怖が増してくる。


「頼む」


小声に切実さが増した。


「ここにいるのに気付かれたらあなたの身に影響がある」
< 4 / 125 >

この作品をシェア

pagetop