今夜、シンデレラを奪いに
ドアを開けようとすると手で遮られた。


「エスコートという言葉を知っていますか?」


「はい!?エスコート?」


「ご存知なければ今すぐインターネットで検索を」


嫌味な言い方だ。キッと目線を上げるとくすくすと笑われている。


高いヒールのせいで見上げる真嶋の顔がいつもより近い。今更驚くことでもないけれど、隙の無い服装と端正な顔立ちが圧倒的な存在感を放っている。


「では、実践です」


そう言われても真嶋に恭しくドアを開けられたりすると妙に落ち着かない。

それにこの綺麗なピンヒールの靴が歩きづらくて、足元ばかり見てしまう。


「気を抜くと転びそうで怖い……。すぐに足が痛くなりそう」


「なりませんよ。それは歩くための靴ではありませんから。

転ばないように手を取り、足を痛めないように配慮するのは男の役割です。」


振り返った真嶋が右手を差し出して、その動作があまりにも自然なので吸い寄せられるように手を重ねた。いつもなら一瞬で移動できるような距離をゆっくりと歩く。


どうぞ、と車のドアまで開けられて、乗った後にはドアがそっと閉じられた。


「これじゃ足腰の不自由なお偉いさんみたい。

ここまで気を使われると、パワハラでもしてる気分になるんだけど」


「矢野さんらしい、見も蓋もない意見ですね。

しかし今日は仕事ではありませんから、俺を部下扱いしないように。今はあなたの講師と思ってください。」



講師、ねぇ……。つまりこれは明日のための練習と言いたいのだろうか。


「そうだ、さっきのサロンの料金を立て替えてくれたみたいだけど、ちゃんと払うからいくらか教えて。

こんなことを部下に奢らせたらバチが当たるわ。」


「今は部下じゃない、と言ったばかりですが。」
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