今夜、シンデレラを奪いに
目を細める立花さんにこくんと頷いてその日は別れた。


美容室で髪を洗ってもらって着付けを解くとすーっとするほど身軽になる。その瞬間にお腹か鳴って、私ときたらつくづく上品さの欠片もない。

夕暮れの時間帯にホテルを出て、着物で動きづらかった鬱憤を晴らすように大股で歩く。昨日と同じ格好だけどピンヒールだけは歩きやすい靴に変えて良かった。



「上機嫌ですね、矢野さん」


「うわぁああ!!

ま、真嶋帰ってなかったの?」


ホテルの敷地から出ると門のそばに真嶋がいた。背中を外壁に預けて、ぼけっと立っている。



「忘れ物をしまして」


「そうなんだ。……で何を忘れたの?取ってきたら?」


「はい。矢野さんに報酬を頂くのを忘れていました。

依頼された内容は果たしましたので、相応の対価を。」


「えぇっ!おカネ?」


悪いけど今さら報酬と言われても難しい。会場の料金や着付け代など、合わせたら一体いくらになるのかわからない。


作り笑いで誤魔化しつつ後ずさりすると、「もちろん、金銭以外で」と腕を掴まれる。


「おカネじゃないなら……例えば?」


「そうですね。例えば、透子」


急に下の名前を呼ばれて、全く予想外だったので顔が赤くなる。


「……と呼ぶというのはどうですか?」


「それだけ?」


「異論がなければ合意と見なします。」



……ばか。急に妙な不意打ちはやめて。

只でさえ昨日の事があって真嶋との距離感が分からなくなっているのに、彼がそんな事を伝える為だけにずっと待っていたのかと思うと胸がきゅうっと苦しくなる。



「ねえ、お腹空いてない?

私はペコペコで……だから今日は私が奢ってあげる。もちろん私が払えるような庶民的な物だけど」


電車に乗って真嶋を月島の商店街に連れていった。


「もんじゃ焼きって知ってる?」


「知識としては知っています。『お好み焼き』に類する鉄板料理であり、下町文化を象徴する食品であると。」


「あはははっ。つまり食べたことないんだよね。それじゃ、強制連行するわ!」
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