今夜、シンデレラを奪いに
準備に追われているうちにあっという間にセミナーの時間になり、その後は順調に進行する。


真嶋は今日が初めてのセミナー講師とは思えないほど落ち着いていた。会場の一番後ろから眺めると頭身のバランスの良さが際立って見える。

マイクを通して聞こえるソフトな声までうっとりするほどの美声だ。憎まれ口が飛んでこない今なら安心して聞き惚れていられる。


この声そういえば何処かで聞いたことあるような気がするんだけど……。誰に似てるんだろう。


ぼんやりとしてる間に質疑応答が始まり、終わってみれば大盛況だった。満足そうに会場を後にするお客様にほっと胸を撫で下ろす。



「さっき説明してくれたこの事例ですけど、モバイル向けのアプリの場合はどうですか?」


「そうですね……その分野だとN社さんの方が進んでまして、多分価格的にもN社さんの方がメリットがあると思いますよ。」



セミナー後に声をかけてくるお客様に対応すると、やり取りを聞いていた真嶋が怪訝そうにしている。


「矢野さん、競合他社のN社を勧めてどうするんですか。」


「でも実際ニーズとマッチしてたのはN社だし。

せっかく来てくれたんだもん。何かひとつでもトクしたーって思って欲しいじゃない?」


「相変わらずのお人好し……。それにしても今日の矢野さんはやたらと楽しそうですね。」


真嶋はいつも通りの呆れた顔を見せる。


「だって、初めて真嶋を楽しい仕事の現場に連れてこれたから。」


「普段の仕事がつまらないとは思っていませんが」


「でもやっぱりお客様に『ありがとう』って喜んで貰えると嬉しいじゃない?

真嶋はほっといても何でも出来るから、私がしてあげられるのは楽しい仕事の現場に連れてくことくらいしかないし。」
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