今夜、シンデレラを奪いに
恐ろしい話に胃がぞくっとしたけど、少なくともこの人には私を害する意図はないらしい。単に忠告してくれた……ということなんだろう。怖かったけど。


「あ、の……」


情けなく震えた声を出すと、床についた手にそっと手が重ねられる。


「あなたはコウガミとかいう人の女?」


「違っ……」


予想もつかなかった質問を投げられて体がびくっとなる。


「ま、そうか。特別な仲なら普通は苗字で呼ばないか。」


「呼ぶ?」


私は一度だって鴻上さんの名前を呼んでない筈なのに。


「寝言で言ってた。

ずっと呑気に寝てたくせに、コウガミ、と聞こえたら急に起きるから」


寝ていた間に心の内がダダ漏れだったなんて。

なんとも言いようが無い気持ちで頭を掻こうとして、まだ手が押さえられてることに気がついた。


「手を……」


「離した方が良いか」


右手の上に重ねられた手が離れると、辺りの暗闇がいっそう濃くなった気がした。その人が何も話さずに黙っていると、自分の位置もあやふやになって動悸がする。



「……う……」


「これだけの闇は日常には無いからな。慣れてないと意外と堪える」


もう一度、そっと手が乗せられた。これは私のためにしてくれていたんだ。側に体温があるだけで安心感が全然違う。


「ありがとう……ございます」


「お人好し」



どういたしまして、と言う代わりだろうか。

さっきと同じ言葉を言われた。この人の声は不思議と心地いい。高くも低くもなくて、柔らかなトーン。できるならもっと話をしてほしい。



「あの人たちの会話を聞いてたんですか?盗み聞きするみたいに」


「知らなくていい」



気になることを質問してみると、冷たくバサッと切られる。



「あなたは誰ですか?私は……」


「それも知らなくていい。名乗る必要もない。あなたの情報はコウガミに惚れてる女ってだけで十分」
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