今夜、シンデレラを奪いに
「…………根を詰めて仕事ばかりしていると早く老けるぞ、君もたまには仕事を忘れて羽を伸ばしたら良いんじゃないか?

若者らしく恋愛とか」


急に変わった話題に意を削がれたように、彼は怪訝な視線を向けた。


「最近の君はずっと酷い顔をしてる。仕事し過ぎだよ」


「変ですね、酷い顔ですか。生まれてこのかた容姿だけは誉められた事しかないのですが。」


「あのね………そういうとぼけ方ができるのは君ならではという気がするけどさ。そういうことじゃなくて」


「とぼけてるのは高柳さんの方でしょう?ふざけてるんですか?恋愛などと悠長なことを」


いよいよジロッとこちらを睨まれる。こういう彼の実直なリアクションは面白くて好ましいが、あまり遊んでいては彼に悪いか。



「そうだね、ふざけてる。」


視点を外に向けて笑わずに言うと、それだけで彼は意図を察してくれた。歓迎されない傍聴者の存在、重要機密に関わる話題は避けるべし。言葉にせずとも伝わるのは楽でいい。



「でも恋愛は悠長なことじゃないと思うな。大事だ。」


「高柳さんは最近ご婚約したそうですね。心より祝福申し上げます。」


そう言われても仏頂面なので少しも祝われてる気がしない。


「しかし、ご自身が幸せだからといって『お前も早く恋愛しろ、結婚しろ』などと言うのは年寄の妄言ですからやめましょうね?」


「酷い………。年寄りとか言うなよ!」


「それから、せっかくの機会なので言わせて貰いますが高柳さん、その服装は如何なものでしょうか。」



「え、ダメ?ウチはカジュアル通勤でも大丈夫でしょ」


最近はめっきり暑くなったのでTシャツ、ジーンズという楽な服装で出社している。彼は生徒指導の教師のように全身を一瞥した。


「初めて会社で高柳さんを拝見したときは、バイトの学生かと思いましたよ?

組織の長たるもの、周りの模範になって頂かないと困ります。」


「会社暑いしさ………。それにフォーマルな場の時はちゃんと着替えてるよ?スーツ会社に置いてあるから。」


徐々に弱くなる立場を感じつつ、誤魔化すように笑う。まずい、触れてはいけない話題になってしまった。


「そのスーツでしたら、先程、秘書の女が頬擦りしているところを見ましたよ。」


知らなかった。恐るべき彼の情報収集の幅広さだ。この容姿でどうやって隠密行動をしているのだろうか。


「甘い香りなど残されて婚約者に余計な疑念を抱かせたくなければ、習慣の改善を。」


「はい…………」


いつの時代も、どんな立場になっても上司の小言というのは耳が痛いものらしい。先程の意趣返しのように笑ってみせる上司の顔を、少々恨めしく見上げる。


ここは早めに切り上げた方が良いようだ。これ以上の説教を避けるために「続きはまた次回に」と彼に伝えた。


外に潜む傍聴者を確かめねばならない。
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