今夜、シンデレラを奪いに

7 エヴァーグリーンの逆鱗

「そこで何をしている?

所属と職責、氏名を明かせ」



廊下に低い声が響いて、雷に打たれたように体が固まった。足早に近付いてくるのはエヴァーグリーンの有名人。戦略事業部 事業部長の高柳さんだ。


華々しい実績に裏打ちされた強いリーダーシップ。仕事は超人的にできるし頭の回転も早いけれど、とにかく恐ろしい人だと聞いている。


あの鴻上さんですら、仕事では高柳さんにはこてんぱんにやられていると言う。前に怖いと言ってるのを聞いたことがある。


さらに高柳さんは社内の不祥事に容赦無い処分を下すことでも有名な人で、謹慎、減俸、降格なんていうのは日常茶飯事。禁じ手の懲戒解雇すら躊躇わないという。それどころか裏では個人的な粛正をしているという噂まである。



遠くから見た印象としては、その噂に反して深い湖の底のような静けさを湛えた人だと思っていた。知性的な容貌は『鑑賞対象としては』素敵だと評判だ。


しかし今現在、私を見下ろす視線は一ミリも静けさなど無かったし、低い声はフロア全体を凍土と化す力でもあるかのように冷たく響いている。



「もう一度言う。所属と職責、氏名を明かせ」


「…………え、営業本部 企画営業課 主任営業 矢野透子です」


怖すぎて尻餅をついた。足が震えて立ってられない。


「企画営業課、やはりな。ここに来た理由は?」


何が『やはり』なのかわからなかったけど、気にするどころではない。


「つい、うっかり……」


「そのIDカードではこのフロアに入れない筈だが。

『つい、うっかり』後をつけて、開いたゲートに忍び込むのか?本来の目的を言え。隠すだけ罪を重ねることになる」


確かにエグゼクティブフロアに入るのは規律違反だ。だけど、『罪』とまで言われると思わなくて、恐怖で体が震える。



さっき真嶋の後をつけていたら、何故かエグゼクティブフロアにたどりついて、高柳さんと合流した真嶋がフロア内に入っていくのが見えた。気がつけば、ゲートが閉まる瞬間に私も潜り込むようにフロアに飛び込んでいたのだ。



怖いけど…………こんなところに呼び出されて真嶋はもっと怖かったに違いない。だから震える声を振り絞る。




「部下が…………心配でした。

高柳さんが何を理由に真嶋のことを呼びつけたのか知りませんが、彼一人を呼び出して怒るのは納得できません。

彼の不始末は上司である私の責任です。

それにまだ若い平社員を一人で呼びつけるのはフェアじゃないと思います。これじゃ弁解したくても怖くてできないじゃないですか!」
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