今夜、シンデレラを奪いに

触れるだけで人を血祭りにあげそうな苛烈な空気。背後に巨大な龍を背負ってるような幻覚が見える。いきなり現れたラスボスみたいだ。


私はうっかり龍の逆鱗に触れたようで、幻影の龍が口から牙を覗かせていた。



「と、とにかく、真嶋を処罰しないでください。それくらいなら、私が代わりに。

でもできれば、お手柔らかに………」



だけど懇願を続けるうちに、幻影の龍は私のような小さな存在には興味を無くたみたいに見える。そっぽを向いて眠たそうに目を閉じる…………ような気がした。



「そういう話か。

だとしても………万一の可能性は考えておくべきか？」


私の言い訳は意外だったようで、「困ったな」と聞こえてきそうな顔で考え込んでいる。どうやら、高柳さんの激怒は収まったらしい。


「矢野さん……だっけ？

今はあなたの言ってることを、そのまま信じられるほど楽観できない状況でね」


「何を仰ってるのか、さっぱり……」


「問題が解決するまでは大人しくして貰おうか。時間とともにあなたの嫌疑が晴れればそれで済む。

それまでの辛抱と思いなさい。」



高柳さんはさっきまでの緊張感が嘘のように淡々と話を続ける。


だけど「大人しくしていて貰おうか」という恐ろしい言葉が気になる。それって、誘拐犯が人質に言うような台詞だと思うんですけど………。



「私はどうしたら………？」


「今日一日、勝手な行動は慎んでもらう。社内ネットワークへのアクセス禁止。社員証は俺が預かる。

業務時間中は俺の執務室にいるように」


それってまさか…………。


あの噂に聞く『高柳さんの個人的な粛正』ってヤツじゃないですか！？


「無理ですごめんなさいすみません。処分は受けますからどうかそれだけはご勘弁を！！」


「君ね…………一体俺が何すると思ってるんだ。この程度のことでイチイチ処分とか面倒なんだよ。」


首にかけた社員証を取られてスタスタと前を歩かれる。社員証を取られたままにはできないので、怖いけれどその後ろをついていく。



「何か人に頼めるような仕事あったかな……」


まるで「今日の夕飯何にしようかな」というような呑気な様子で呟いている。

怖すぎて今まで気づかなかったけど、高柳さんは仕事してるとは思えないくらいラフな格好をしていた。真嶋が見たら卒倒しそうだ。



「あの、真嶋は一体何をしたんですか？」


「ここで見たことは全て機密事項だ。話す気はない。

部下に関心を持つのは良いことだが、気になるからといって後をつけるのは感心しないな。」


「…………はい。すみません」


謝りながら処刑場…………ではなく高柳さんの執務室までの長い道のりを歩いていく。