今夜、シンデレラを奪いに
いつの間にか、重ねられた手をぎゅっと握っているのは私の方だった。


どれくらい長い間、そして何度キスをしたのかもわからない。全身の境界があやふやになり、掴まってないと耐えられない。


できるなら真嶋の広い背中に抱きついてしまいたいと本気で考えて、一瞬の後、そう思った自分をたしなめた。


「いつか……

いつか透子も相思相愛の恋愛をするでしょう。相手は立花さんかもしれないし、他の誰かかもしれない。」


真っ直ぐに見下ろしてくる真嶋の表情は読めない。

表情どころか、さっきから真嶋の意図なんかさっぱり読めない。からかってるなら止めてほしいけど、叱るタイミングは失ってしまった。



「でも、それは今日でなくてもいい筈です。今はまだ許しません」



怒っているのか、苦しそうにしているのか、見てる私の方が辛くなってしまうような顔をして真嶋はまた長いキスをした。それは全てが溶けて崩れてしまうような時間だった。



「っ…………。


ら、らいしゅ、から、仕事やりづらくなるじゃない。こんなの、気まずい…………」



「今日のように、オフィスで俺にどう話しかけるか悩むんですか?

良いですね、そういうの。他愛なくて憧れます」



「そんな憧れは、絶対、変!」



その時に微かに笑った顔が、この生意気な部下の笑顔を見た最後の瞬間だった。


週明けに出社したときには笑顔どころか存在ごと跡形もなく消えていた。


あんなに口うるさくて態度が大きく、人を小馬鹿にした態度の変人は。

宝石のような美貌と、忘れた頃に妙な優しさを見せる部下は。


会社のどこを探してもいなかった。



オフィス中から真嶋の痕跡を探したけれど、見つけたのは私のデスクに置かれた山盛りのキャベッツ小太郎と、「どうぞ」と書かれた付箋だけだった。
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