今夜、シンデレラを奪いに
「気まずいですか?

もしかして前に私の事フッたの気にされてます?」


「あのな!気まずいとか振ったとか、わざわざ口に出すなよ!」


鴻上さんが眉のあたりをムズムズさせて困った顔をしているのを見ながら、あの時の真嶋の気持ちを想像してみる。


真嶋とキスした後に、会社で絶対気まずくなると思って「来週から仕事やりずらくなるじゃない」と言ったら、びっくりするような返事が帰ってきた。


『良いですね、そういうの。他愛なくて憧れます』


あの時既に真嶋は、会社を去ることを知ってたんだろう。あの時は真嶋の言ってることが全く分からなかったけど、今ならわかる。



「気まずいって良いですよね。

だって今日も、明日も、その先もずっと今の関係が続いていくって信じられる時にしかそう思えないんですよ。」


「え………?」


「他愛なくて、良いですよね」


『他愛ない』という真嶋の言葉を借りたら「馬鹿にしてんのか」と嫌な顔をされた。口に出してみると相当に高飛車な感じがするので、やっぱり真嶋の言葉だな、と妙に納得する。



「にしても矢野先輩、ちょっと見ない間に実りの多い日々を過ごしてたみたいっスねー。」


鴻上さんが物言いたげに、じとーっとした視線を送ってくる。


「や、矢野先輩なんて言うのやめてくださいよ。急にどうしましたか?」


「マジぱねぇっス。付き合ってもない男が『許さない』とか言ってキスですかぁ。

刺激的な恋愛を謳歌してるんっスねー。これからは敬意を表してパイセンと呼ばせて頂くっス。」


「え?あ、の、そんな事じゃなくてっ!」


「この俺を好きと言ってくれたのは、ついこの前と思いきや………。

パイセンにとっては3世紀くらい前って感じで、そんなちっちぇーことをイチイチ気にしてんなよって事なんっスねー」


「あの、私はただ、そういう状況下についての一般論を聞きたくてですね!」


「そんな状況下の一般論はねーよ!」


鴻上さんは手に持ってるファイルを、私の頭にぽんと置いた。


「つーか、相手がどう考えてるなんてどうでも良いんじゃねーの?

矢野が相手の心境を知りたいって悩んでる時点で、大事な答えなんかもう出てるだろ。」


「え…………。

え!?」



理解が追いつかない間に、鴻上さんは「心配して損したわー」と呆れた顔でスタスタと歩いて行ってしまう。



もしかしてこっちの方が、私にとっては大問題だった?



気持ちを直視するのが怖くて頭を抱えて座り込み、その場から動けずにじっとしていた。
< 78 / 125 >

この作品をシェア

pagetop