今夜、シンデレラを奪いに
「鴻上さんのことは忘れてくださいって言いましたよね。」


「あなたについては、間抜けのお人好しでコウガミに惚れてるということしか知らないのに。

それをどうやって忘れるんだ?」


人を喰ったような話し方にムッとしたけど、私の機嫌など全く意に介さないようだ。また少し笑ってる。


「ドイツ発祥のセラピーに、暗闇の中で顔の見えない赤の他人に話をするというのがあるらしいぞ。

何でも、気心が知れてる人間に相談するより解放感があるんだとか」


「そんな単純なことが癒しになるんですか?ただ暗いだけなのに?」


「案外人は単純なものだ。普段は感覚の八割を視覚に頼っているから、それを絶つことで日常とは違う感性が目覚める。」


変な話だ。この場がそのセラピーと同じだとでも言う気なんだろうか。


「……仮にそうだとしても。あなたに恋愛の話なんか」



「少なくとも無人のオフィスで一人で泣くより建設的だと思わないか?

上手くいってないんだろ。コウガミは既婚者か?」


「……っ。違います!!」


勢いで否定した後で気が付いた。無人のオフィスで一人で泣いてたと知ってるなんて、


「私が来たときには既にここに居たんですか!?

ずっと何も言わずに物陰で見てたんですかっ?ねぇそれ酷くない!?」


「あれは声をかけるのも躊躇われる程の悲壮感というか…………」


文句を言ったら「引くわー」みたいなテンションで返される。これでは恥ずかしさの上塗りだ。


「まさかそのままここで寝るとは思わかった。

電気も切れるのにどうするつもりだったんだ?20階から階段で降りるとでも?」


「そ、それは……私も寝るつもりはなくて……」


「後先考えない馬鹿?」


ため息とともにそう言われる。もし光が差し込んでいれば、彼の思いっきり呆れた顔が見えるだろう。


「……違うか。

あなたにとってそれほどの事だったんだな。コウガミに関することは」
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