今夜、シンデレラを奪いに
「やっと来たか。君で最後だよ、矢野さん。今後の配属に何か要望はあるか?」



私は高柳さんと面談をするために執務室にいた。



真嶋が闇に溶けるように消えた日から三日が過ぎた。あの日、暗闇から夜の光が溢れる街並みに戻っても、心の中は絶望感で真っ黒に染まったままだった。


真嶋は自分の意思で会社から消えて、私にはもう二度と会わないつもりだった。私が会いたいと願うのは彼にとって迷惑にしかならないだろう。


それに元々、彼は私の部下なんかじゃなかった。無害なポストとして丁度良かったから、形式的に私の部下に収まっていただけだ。



だから、彼を守ろうとする理由はもう何もなくて。



私はこれまでの事を忘れて、新しい部署での仕事を始めるのが一番正しい。


ありがたいことに、恋人になってくれそうな立花さんだっている。優しくてオトナで格好良くて、本来なら私なんかには雲の上の人だ。

真嶋の気まぐれで与えてもらった出逢いを大切にして、いっそ仕事を辞めて花嫁修行でもしたら良いのかもしれない。



「…………配属は…」




だけど私は馬鹿だから。真嶋が言うには『想像以上の馬鹿』だから。


真嶋の迷惑なんか考えてあげない。上司じゃないなら、私は私の勝手にするだけだ。






「配属希望はありますが、それは話の最後にお伝えします。まずはこちらを確認してください。」



高柳さんにA4用紙三枚分のレポートを突きつける。意外そうな顔をしたけど、「不正取引と社員の転籍について」と題されたそれに触れると目がスッと細くなる。


幾分険しさを増した表情で、ちらっと私を見た。視た、という方が正しいかもしれない。高柳さんは何度も私の顔を見ている筈だけど、私という個人を見ようとしたのはこの瞬間が初めてのような気がした。話を持ち掛けるなら今しかない。



「そこに書いてあることを好き勝手に広められたくなかったら、私の言うことを聞いてください。」


真嶋には言わなかったけど、あの日に渡した部長のパソコンやハードディスクは、実はこっそり中身を確認している。部長が新しいパソコンを買った時にセットアップを頼まれたから、パスワードだって知っていた。



「今回は派手な処罰をしたけど、ずっと前から不正はありましたよね?

企画営業課を辞めたお偉いさん達が、天下りみたいにグループ企業に転籍してる。そのお偉いさん達だけはまだ処罰されてない……。

部長のパソコン調べたら色々上方が出てきたので分かりました。わたしにも分かるくらいだから、きっと高柳さんも知ってるんでしょう?それなのに……

ウチのトップは、知ってて黙っているんでしょう?」
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