今夜、シンデレラを奪いに
「ごめんなさぁい!お酒溢しちゃった。」


慌ててスーツのズボンにかかったお酒を拭く。すると「まりあちゃんの方が、ぬ、濡れてるよ」とか言われ逆に私のスカートをおしぼりで拭かれて、「触るなキモい」という心の声に蓋をするのに苦労した。



触られるのが気持ち悪いとか、演技が恥ずかしいとか言ってる場合じゃない。



「まりあシャンパン飲みたいんだけど、おねだりしたらダメかなぁ?」


この人たちを酔わせてもっと油断させてやるんだ。ギラついた本心は長いつけ睫毛を伏せて隠して、甘ったるい声で話す。


「ねぇ、白とロゼならどっちが好き?」


これはセールストークの基本中の基本。買うことを前提に二択を迫られると、人はついどちらかを選んでしまう習性があるらしい。


期待通りに「白かなぁ」と答えが返ってくるのでちゃっかりオーダーを通す。ユリナちゃんに「アンタけっこうやり手じゃん」と小声で褒められた。



「でもこれから仕事が控えてるから、美味しいお酒でもあんまり酔えないんだ。」


「そうなの?もうお酒飲んじゃってるのにこれから仕事するの?」


「まりあちゃんに話してもわからないかも知れないけど、経営の足を引っ張る奴がいてね。

親の七光りでいい気になってる馬鹿を教育しなくちゃいけないんだよ。これからその若造がここに来るんだけとね。」


「へぇ、まりあそういう難しい話全然わからないや。

偉い人のお仕事は大変なんだね。せめてそのお馬鹿ちゃんが来るまではゆっくり飲んでね。

まりあが癒してあげるから。」


とぽとぽとシャンパンを注いで二人に勧める。グラスを手渡しながら、声には出さずに「ふざけるな」と呟いた。



私の中に芽生えた野蛮な感情に自分でも驚いている。「親の七光りでいい気になってる馬鹿」ってまさか真嶋のことを言ってるの?


だけど真嶋は、七光りどころか全くの光の当たらない場所にいて、いつもたった一人で影の仕事をしているのに。


「いくら足掻こうとも、真嶋家など財閥の実権には程遠いだろうに」


と男性が言うと、「その通りですな。下手な点数稼ぎなど無駄ですよ」と部長が歪んだ顔で笑う。
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