今夜、シンデレラを奪いに
「真嶋さん、固いことは一旦忘れましょうよ。この店は接待でもよく使わせて貰ってるんです。美人揃いでクライアントの評判も上々なんですよ。まずは乾杯でも」


さっきまでは部長よりもずっと偉そうにしていたオジサンが、媚びへつらうように話している。それを真嶋は鼻で笑った。


「何か、めでたいことでも?」


ソファに深く腰かけてゆっくりと足を組む。これまでの真嶋が可愛く見えてくるほどの高飛車な態度だ。



「乾杯とはそういうものだろう?

それともこれは、酒や女で懐柔しようとする古典的な嘆願か。悪趣味だな」


…………。

呆気にとられて、一瞬だけ怒りを忘れる。



冷淡な笑いを浮かべた真嶋に、そのオジサンはぷるぷると震えて鼻の頭に皺を寄せる。あからさまな侮蔑に相当腹を立てている様子だ。



「今期の利益も上々じゃないですか。我々の経営努力だって貢献しているんですよ。それをお忘れですか?」


「経営?立場の弱い中小企業を喰らって身を肥やすのが経営とは笑わせる。」


「真嶋さんは聡明なようでやはり若い。経営は綺麗ごとでは済みませんよ。」


ニタリと笑いを漏らしてオジサンが語ると、部長がペコペコと賛同した。その部長は真嶋に睨まれてダメージを受けたのか、胸ポケットからタバコを取り出した。


はい、わかりました火を点けて欲しいんですね。

イラッとしながら胸に挟んだライターを取り出して火を点ける。もう何度も同じことを繰り返しているから、だんだん胸元がヒリヒリしてきた。


「まりあちゃん、優しくしないとここ赤くなってるよ。」


ここ、と示した指先が胸元に伸びてきて思わず悲鳴をあげそうになる。というか、触られたら多分我慢できずに叫んでたと思う。


だけど、シュンッと何かが視界を横切ってその手が止まった。部長の手の甲に小さな白いカードが突き刺さり、三秒ほど留まって膝の上に落ちる。


中央に「真嶋」の文字が見えた。一瞬でも手に刺さるなんて、真嶋の名刺は鉄製か何かなんだろうか。



「下品な言動は慎め」


「は、は、はいすみません」
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