今夜、シンデレラを奪いに
恐る恐る掴まれた二の腕を見上げると、すぐそばに注射器が見える。細い針が肌に触れそうな距離に構えられていた。



「何これ………」


問答無用で恐怖を感じる光景。思わず乾いた笑いが溢れてくる。



「その女を廃人にされたくなければ、私の言うことを聞きなさい」




真嶋が瞳に燃えるような光を灯した。蒼く発光するような怒りを滲ませて、奥歯でも噛んだのかこめかみがゆっくりと上下する。



「あなたのそういう顔が見たかったんですよ。

まずは床に膝をつきたまえ。」


鋭利な刃物のような視線で睨み上げながら、それでも真嶋は言われた通りに床に片膝をつける。



…………嫌だ、止めて。


私のせいで真嶋がそんなクソジジイに言いなりになるなんて絶対に駄目。助けに来たつもりなのに私が真嶋を窮地に陥れてどうするの。



「私は二重、三重の準備をしていると言ったでしょう?

どんな理想を掲げても、あなたのお顔のように美しくはいかないのが現実です。………やはりお母様によく似ているようですね。

気の強そうな眼差しも、あなたがもし女性なら可愛く見えたんでしょうね。」


真嶋を見下ろしたジジイは、嬉しそうに真嶋の顎に手をかける。それを払い除けようともしない真嶋を見て、全身が壊れそうになった。



嫌だ。真嶋に触るな。こんなの自分が触られるより嫌だ。



「人も企業も、汚らわしい手段でいたぶるのがお前の趣味か」


「とんでもない。私は財務の心配をしているだけです。

それとも、あなたがそのお綺麗な顔を生かして新たな利益でも生んでくれますか?

どうです、有力な女性経営者でも抱いてコネクションを築くというのは。いや、これだけ美しいのだから男すら誘惑できるかもしれませんね。」



「減らず口を叩いてないで、要求を言え」


「勘違いしないで下さい。あなたは命令できる立場ではないでしょう?」



「っ………」


二の腕に針が触れて、声なんか上げるものかと思ったけど息を飲む音は隠せなかった。

針は今にも肌に刺さりそうに押し付けられて、肌の表面が少し凹んでいる。さっきは「廃人」と言っていた。この注射器の中には何が入っているのか考えるだけで体が震える。
< 98 / 125 >

この作品をシェア

pagetop