優しい音を奏でて…
蕎麦
・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・

蕎麦

・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・


12月8日(土)

昨夜、アルバイトで帰りが遅かった私は、朝9時過ぎまでのんびりと朝寝坊した。

遅い朝食を食べ、洗濯物を干すと、荷物が入ったままの段ボールが気になったが、ピアノを弾くことにした。

自分でも分かってる。
引越しの片付けをしたくない事による現実逃避だ。


11時半、満足するまでピアノを弾いた私は、ゆっくりとピアノの蓋を閉め、防音室を出た。

このマンションは、楽器可の防音の作りにはなっているが、グランドピアノを弾くには、やはり防音室が欠かせない。

私は、時計を見て、昼食の準備をすべきか、荷物の片付けをすべきか、迷っていた。

ベッドに腰掛け、考えていると、

─── ピンポーン!

玄関チャイムが鳴った。


ん!?

下からのインターホンではなくて???

モニターを見ると、そこにいたのは、ゆうくんだった。



ガチャ

ドアを開けると、

「こんにちは。」

そう言って、にっこりと微笑むゆうくんがいる。

「こんにちは。
どうしたの?」

「腹減ったから、昼飯行かないかなぁ…と
思って。」

「えぇ!?
でも、私、スッピンだし…。」

「別にいいじゃん。
奏はそのままでもかわいいし。」

は!?

か、かわいい!?

ゆうくん、何言っちゃってんの!?

突然、心臓がドキドキと大きな音を立て始める。

「ムリ!!
絶対、ムリ!!」

「何で?
俺、気にしないよ!?」

「私が気にするの!!」

「じゃあ、奏の化粧が終わるの待ってるから、
それから行こ?」

ムムム…。

何だろう!?
ゆうくんのこの甘々な感じ。
私の知ってるゆうくんじゃない。

まさか、これは腹話術で、誰かに操られてる?

「なぁ? 行こ?」

そんな風に甘えられると、無下にも出来ず…

「分かった。15分待ってて。
ゆうくんの部屋に呼びに行くよ。」

「ここで待ってちゃダメ?」

「ここで!?」

「うん。奏が化粧してるとこ、見てる。」

にこっとゆうくんが笑う。

「っ!!
ダメに決まってるでしょ!!!
大人しく、部屋で待ってて。
ゆうくん、何号室?」

「うちは502だよ。
でも、俺は奏といたい。
化粧してるとこ見ないから、ダメ?」


ふぅぅっっっ……

大きなため息がひとつ。

「分かった。
じゃあ、絶対に見ないでよ。
ピアノでも弾いてて。」

私、何でこんなにゆうくんに弱いんだろ!?

それより、何より、今日のゆうくん、どうしちゃったの?

< 11 / 81 >

この作品をシェア

pagetop