優しい音を奏でて…
私たちは、駅前のカフェに入り、1番奥の席に座った。
「どういう事?
なんでここにヒロがいるの?」
私から口を開いた。
「SNSで検索した。」
「嘘。
だって、私、名前しか登録してないよ。」
「カナと連絡取りたくても、電話番号も
変わってるし、新しいSNSはフォロー
できなくなってるし、連絡取りようがなくて
困ってたら、年末にこれを見つけたんだ。」
ヒロが自分の携帯で見せてくれたのは、高木さんのアカウント。
『久しぶりにお仕事始めました。
慣れるまで大変だけど、
がんばります o͡͡͡͡͡͡͡͡͡͡͡͡͡͡╮(。❛ᴗ❛。)╭o͡͡͡͡͡͡͡͡͡͡͡͡͡͡ 』
ご丁寧にOK銀行のアカウントが添付されていて、私の他に数人のパートさんがタグ付けされていた。
しかも、コメント欄を見ると、
『フルタイムで働くの〜?』
という質問に
『9時半〜3時半までだよ。
子供が保育園に行ってる間だけだから、
無理なくできそう。』
『銀行で働くの?』
『系列のコンピュータの会社』
などと詳細が出ている。
「銀行系列なら、今日から仕事始めだし、
待ってれば、きっと会えると思って来てみた。」
ネットって怖い。
「あの時、酷い別れ方をしたと思う。
ずっと申し訳なく思ってた。」
私は何も答えず、黙ってヒロの話を聞いた。
「実は、1年前の1月、健康診断の再検査を
受けたんだ。
結果は2月の初めに出た。
胃がんだった。」
「!?
胃潰瘍じゃなかったの?」
「俺が入院したのは知ってたんだ?
みんなにあまり心配されたくなくて、表向き
胃潰瘍って事にして、会社には長期休暇を
もらって治療に入った。
すでにステージ3だった。
ステージ3って分かる?」
「がんの進行具合でしょ?」
「うん。
5年生存率が50%を切ってた。」
「………」
「それを聞いて、俺はカナの事しか考えられ
なかった。
俺が死んだら、カナは泣くだろうな…とか、
もう守ってやれないのかな…とか。
いろいろ考えて、俺は苦しいけど、カナと
別れる事を決めたんだ。
俺が恋人のまま死んだら、カナはきっと
悲しんで苦しんで辛い思いをするだろ?
でも、赤の他人が死んでも、それ程、
苦しまずに済むんじゃないか…と思って。」
彼の表情から、嘘は言ってないと思った。
「でも、決して生きるのを諦めたわけじゃ
ないんだ。
頑張って治療して、完治した暁には、カナと
もう一度やり直そうって思って、辛い
治療にも耐えて頑張った。」
「今、具合はどうなの?」
「うん。
おかげさまで、一応、がんはなくなった。
まだ再発の危険はあるけど、この先、5年も
カナなしでは頑張れなくて、迎えにきた。
カナ、俺とやり直そう?
俺と結婚してください。」