優しい音を奏でて…

「ごめん。
何度言われても、無理なの。
ほんとにごめんなさい。」

私は、頭を下げた。

「何で?
他に好きな奴でもできた?」

ヒロの顔には焦りが見える。

「付き合ってる人がいる。」

ヒロの顔がこわばっていく。

「いつから?」

「先月…」

さすがに4日前とは言えない…。

「最近じゃん。
俺たち3年も付き合って結婚の約束をする
くらい上手くいってただろ?
カナは、絶対、俺との方が上手くいくよ。
俺はカナのためなら何でもできる。
お願いだよ。俺とやり直そう?」

私が、どう答えれば諦めてくれるのか、必死で考えていると、私とヒロの間にスッと影が現れた。


「お話し中、失礼します。
隣の席まで話が聞こえてしまったものです
から…。
私は田崎優音と申します。」

ゆうくんは、スーツの内ポケットから、名刺入れを取り出し、1枚ヒロの前に差し出した。

ヒロは条件反射で名刺を受け取った。

「課長さん?」

ヒロはゆうくんの顔と名刺を見比べて怪訝な顔をした。

一浪してるヒロは同期だけど、ひとつ年上の28歳。

未だ平社員のはずだ。

「すみません。
今、プライベートなので名刺を持ってなくて…」

「構いませんよ。
しかし、彼女は先程から迷惑をしているように
見受けますが、あなたは好きな女性を困らせて
平気なんですか?」

ゆうくんの指摘にヒロはたじろいで見えた。

「今、奏と付き合ってるのは、私です。
私個人としては、交際期間の長さは、想いの
深さとは比例しないと思うのですが、
まあ、しかし、あなたがそれを重要視したい
のであれば、私から言わせると、たかが3年
付き合った位で奏の何が分かる?と思います
けどね。
私は20年以上、彼女を想い続けてますから。」

ゆうくんは、なおも続けた。

「あなたは、結婚の約束をしたとおっしゃい
ましたが、私は奏の両親に挨拶をして、結婚を
前提とした交際に快く了承をいただいてます。
何より…」

ゆうくんは語気を荒げた。

「奏が今愛してるのは、俺だけだ!」

ゆうくんは、怒りを露わにヒロを見下ろしている。

ヒロは座ったまま、うなだれていた。

「ヒロ?
ほんとにごめんね。
でも、ありがとう。
気持ちは嬉しかったよ。
裏切られたと思ってたから、そうじゃない
って分かって嬉しかった。
体に気をつけて、どうか幸せになって。」

私がそう言うと、ゆうくんは私の腕を取って立たせた。

「奏、行くぞ!」

「うん。
ヒロ、ほんとに体には気をつけて。
ヒロの幸せを祈ってるから。」

そう言って、ゆうくんに引きずられるように店を後にした。


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