ダドリー夫妻の朝と夜
 アーサーは、確かに笑っていた。微笑どころか、失笑といった風情であったが、あれは確かに微笑んでいたと長年アーサーを観察してきたエミリアにはわかった。

 銀行家の長女として生まれたエミリアは、それ以外にはただ若いことだけが取り柄の形式的な妻であった。周囲にもそう言われていたし、両親からも両家の結び付きのためのものだと言い聞かせられていた。

 両親は、知っていたのだ。エミリアが密かにアーサーを慕っていたことを。

 そのアーサーとの縁談が持ち上がったとき、いくら愛する我が子が恋した人物とはいえ、あまりにも一方的な恋慕では、むしろ娘の不幸になるのではないかと、両親は相当思い悩んだらしい。

 それでも婚姻がなされたということは、それだけ両家にもたらす利が大きいからであろう。

 その妻──と呼んで良いのか今もエミリアはわからない──を、アーサーは愛していると言った──ように聞こえた。


「だって、アーサー様の妻は……わたくしでしてよ?」

 驚いたエミリアが、思わずそう問いただしても、アーサーの口の端は、ほんのわずかだが持ち上がったままのように見えた。

「その……あなたにとっては、不本意でしょうけど」

 しかし、エミリアがそう続けた一瞬で、アーサーは表情を読まさない鉄面皮に戻った。

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