ダドリー夫妻の朝と夜
* 舞台裏
 その日アーサー・ヴィンセント・ダドリーは、いつもながら深夜といえる時間に帰宅した。珍しく日が暮れる前に仕事を切り上げようと、家を出る際にはもう心に決めていたのに、傑出した辣腕家である彼をもってしても、厄介な事象にみまわれてしまったのだ。

 ああ、ようやくかわいらしい妻が、あのかわいらしい唇から、この上なくかわいらしいことを漏らしたまたとない機会だというのに。

 腹立ち紛れにその面倒事には手厳しくかたをつけてきたが、彼の妻はもう夢の中だろう。まったく間の悪いことだ。

「留守中、変わりは?」

 冷徹な彼には珍しく、幾分苛立ちを交えて問うと、家令は主人に匹敵する冷静さをこちらは保ったまま端的に答えた。

「特にございません」

 次に「妻は?」と、尋ねる先は常なら共に出迎えに出ていた執事であったが、この日は気が急いたせいか、そのまま家令──今朝の女主人の爆発の目撃者──に訊いた。

「妻は?」

「二階に上がられてすぐのお部屋で、密やかに《・・・・》旦那様のお帰りをお待ちでいらっしゃいます」

「は? それは十分変わったこと《・・・・・・》ではないのか!」

 目をむく主人を前に、家令はしれっとのたまう。

「恐れながら、奥様は毎晩そちらでお待ちでございます」

「馬鹿な! わたしが見たときには、いつも彼女の寝室にいたが」


 ──毎晩こっそり寝顔を確認しているくらいなら、さっさと夫婦の寝室に連れ込む甲斐性くらい見せてくださいよ!


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