ダドリー夫妻の朝と夜
「旦那様、そろそろお時間でございます」

 滅多に時間に遅れないアーサーが家令に急かされたので、エミリアは多忙な夫を朝からわずらわせたことを恥じた。

「ごめんなさい。いってらして」

 エミリアはうつむきながらも、アーサーがわずかに身じろぎしたことを感じた。なにかためらっているような雰囲気も。

 でも、それはきっと己の願望がもたらした些細な錯覚だったのだろう。

 アーサーがエミリアの機嫌を取ろうとするだなんて考えられない。叱責ならありえるかもしれないけれど。
エミリアは両手を固く握りしめ、早口に言った。

「朝から余計なことを申し上げて、申し訳ありませんでした。さあ、どうぞお気をつけていってらっしゃいませ。ここでお見送りとさせていただきますわ」

「……不本意ではない」

「え?」

 パッと顔を上げたエミリアは、背の高い夫にじっと見下されていることに気づいた。

「行ってくる」

「……いってらっしゃいませ」

 鷹揚にうなずいた夫は、身を翻すと足早に朝食室を後にした。

 それを見送ったエミリアは、クラリとよろめいて、ゴブラン織りの美しい椅子にもたれかかる。

「奥様っ!?」

「いいの、大丈夫よ。ちょっと……びっくりしただけだから」

 駆けつけた侍女の手を借りて、エミリアはふかふかの椅子に座り込んだ。


 

 ──ちょっとどころではない。人生で一番驚いた。



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