きみが青を手離すとき。
「早く出して、このプリントだよ」
俺が度忘れしてると思ったのか、わざわざご丁寧にプリントを提示して顔の前でヒラヒラさせる。
「これ出さなかったら、内申に響くって英語の先生が言ってたでしょ?」
あー、うるさい。
「一応受験生なんだから、ちゃんと……」
「うざいんだよ」
パシッと勢いよく前田の手を払ったつもりが、思いのほか飛距離が出て俺の手は前田の顔に当たった。
それと同時にガシャンッと眼鏡がぶっ飛んで、気まずい空気が音楽室に流れる。
「……え、あ、」
俺が謝る前に、前田は床を這うようにして眼鏡までたどり着いた。
眼鏡のレンズは割れてない。ただ、耳にかけるアームの部分が変な方向に曲がっているだけ。
前田が無言で眼鏡をかけ直すけど、耳にかけられない眼鏡は何度もずれ落ちて、もはや機能を果していない。
「……わ、悪い」
……悪意はなかった。でもプリントを叩き落とすだけの力加減ではなかったことは確かだ。
前田はずっと喋らなかった。
その無言がすげえ怖くて、もしかしたらビンタのひとつでも飛んでくるかもしれない。
「ひ、広瀬、どこ?」
「は?」
「私、眼鏡ないとほとんど見えないの」
前田の顔は怒りよりも焦っていて、どうやら本当に周りが見えていないらしい。
「ここだよ」
「ど、どこ?」
「だから、ここ!」
存在を分からせるために握った前田の手。
頑(かたく)なな女だと思ってたのに、手があまりに柔らかくてビックリした。そして前田はまるで子どものように俺の手を握り返してくる。
「……どうしよう。これじゃ帰れない」
すぐに浮かぶ面倒くさい展開。
ここで前田を置いていくのは簡単だけど、思春期とはいえ、どうやら俺はそこまで非情にはなれないらしい。