きみが青を手離すとき。
地味で眼鏡で冴えない上に、酸っぱい林檎が好きなんて、とことん俺とは合わない。
俺の好きなタイプは明るくて垢抜けてて、できることなら巨乳の女がいいし、甘い林檎を好んで食べるほうが普通に可愛いと思う。
それに比べて前田はダメだ。全然、まったく、俺のポイントをかすりもしない。
袋はいらないと一個だけ買った林檎を前田に渡す。
「いい匂い」
でも、すぐに林檎の匂いを嗅ぐところは、ちょっと俺と似てる。
果物屋を過ぎたあと、前田という表札を見つけて、俺はやっと役目を終えた。
「わざわざありがとう」
家の門に手をかける前田は安心した顔をしていた。音楽室からここまで忙しなくて顔なんて見る暇はなかったけど、眼鏡のない前田はなんだか別人に見える。
「眼鏡、弁償するよ」
うちの家系は視力が強くて、家族も親戚もばあちゃんもじいちゃんも誰も眼鏡じゃない。だから眼鏡の相場は分からないけど、浪費癖はないから貯金はそれなりにある。
「いいよ。家にまだ眼鏡あるし」
「いや、弁償する」
なんだかそうしないと、俺が気持ち悪い。すると前田は思いついたようにニコリと笑う。
「じゃあ、この林檎が眼鏡の弁償代でいいよ。送ってくれてありがとう。気をつけて帰ってね」
そう言って前田は自分の家へと入っていく。
……バカじゃね。128円の林檎だぞ。
でも本人が言うなら、べつに俺だってこれ以上はなにも言わないし、後で請求してきても知らない。