漢江のほとりで待ってる


慶太は「由弦のことで話がある」と託けて、珉珠を本家に呼び出した。

珉珠がやって来て、慶太は自分の部屋に招いた。

「どうだろう?また秘書として私の元に帰ってくる気はないか?由弦もすぐに会社には戻れないだろうから、君もいつまでもあいつの側にいては立場的にも不利になるだけだ」

「こんな時に何をおっしゃっているのですか?私の立場より、専務の立場の方が心配です!」

「分かっている。私も由弦を信じたい」

「信じたい!?ならすぐに彼の信用回復に努めてください!お願いします!」

「それをしたいのは山々なんだ。だが事が事だ。今下手に動けば共倒れしてしまう可能性の方が大きい。私も可愛い弟のために何とかしてやりたい。何でこんなことになってしまったのか……」

珉珠は慶太のわざとらしい言葉に顔をこわばらせた。

「私なりに、色々と由弦のことでかけまわっているんだが、まさか、あいつが盗作なんて……」

「本気で専務が盗作をしたと思っていらっしゃるのですか!」

「あのクリストファーが言ってるんだ、彼が嘘を付くはずがない!」

「弟より他人を信頼されるのですか!専務のことでお話と参りましたが、これ以上話しても、無駄な気がしますので、失礼致します!」

と珉珠は出て行こうとした。

すると慌てて慶太が、珉珠の腕を引き留め、

「君次第だ!」

「!?おっしゃられている意味が分かりません!」

「君が秘書として戻って来てくれたら、由弦のことは何とかしよう!」

「なぜ私が副社長の秘書に戻ることが条件になるのでしょうか?」

「……とにかく、あいつはダメだ!他の奴ならともかく、由弦は絶対にダメだ!」

「どういうことでしょうか!」

「君も会社も!!何もかも!あいつから奪われるのは我慢ならないんだ!!」

その言葉に呆れる珉珠。

「頼む!戻って来てくれ!戻って来てくれたら、全て元通りにする!!」

「はぁ~」

やり切れない思いを振り払うように、珉珠は慶太に背中を向けて出て行こうとした。

「行かないでくれ。頼むから。もし君が出て行くなら、今以上に私は由弦を苦しめる!何をするか分からない!」

「……!!」

珉珠は振り返った。そして、

「何てことをおっしゃるのですか!副社長!仮にも血を分けたご兄弟なのに!」

「君次第なんだ!!戻って来てくれたら、そうすれば、由弦のことは何とかしよう。何度も言わせないでくれ。私もこの状況がこわいんだ」

「本当にそれだけで、彼を元に戻していただけるのでしょうか?」

「ああ、約束する!」

珉珠は苦悶の表情を浮かべ、しばらくして、

「……分かりました!でも必ず守ってください!そして彼は盗作などしてない!あの絵は彼の絵だと世間に公表してください!弟の名誉回復をすると約束してください!」

言葉を放った。

「分かった。約束する!」

それを聞いて出て行こうした珉珠に、

「それともう一つ!今夜だけ一緒にいてほしい!何もしない!一緒にいてくれるだけでいい、一晩だけここに」

「……っ!?ここに一晩一緒にいる意味はなんでしょう!」

「深い意味などない、だが、ただ言えることは全て君次第なんだ!!頼む、一晩だけ」

由弦の明暗が、珉珠にあると言葉で追い詰める慶太。

答えに苦しむ珉珠。それでも行こうとした彼女に、慶太は駆け寄ったかと思うと、這うように珉珠の側に行き、彼女の足元にしがみ付いた。

「頼む!!頼む!頼む!」

「離してください!副社長!!」

珉珠自ら慶太の手を外して離れた。

物事に動じない、自信に満ち溢れた、スマートでクールな彼のイメージが、珉珠の中でもろく崩れ落ちた。

そして珉珠はソファに座って項垂れた。珉珠は由弦を守るため、慶太の条件を、苦渋の思いで飲んだ。

慶太は立ち上がり自分の机に座り、珉珠に分からないように、由弦にメッセージを送った。

―――― 明日の早朝、本家に来い!内容は言わなくても分かっているな!

慶太がそんなことをしているとは知らず、珉珠は一晩中部屋を歩き回った。

「動き回ってないで座りたまえ。足も疲れるだろう」

と慶太の言葉に、

「座ってなどいられません!こうしている間にも専務はどんな気持ちでいるか!」

―――― 由弦……

すぐにでも逢いに行きたい思いだった。

「よほど由弦に肩入れしているようだね?君が、君まで変わってしまうとは。私とは十数年やって来ているのに」

慶太の言葉など入ってこない珉珠。

そして慶太は、珉珠の気持ちも無視して、着々と由弦を追い払うための準備をしていた。

珉珠には信用させるため、「あいつを辞めさせるなと会社に働きかけ、社員たちに署名を募る嘆願書の作成も効果的だ」など、あくまで、今回の件は自分は関わってないことを強調した。


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