漢江のほとりで待ってる
辺りを見渡し、弦一郎や一条がいることに由弦は驚いた。
由弦に、事故に遭い、それで十五日間も眠り続けていたことを話したが、本人は覚えていないという。
頭を縫い合わされたホッチキスの針も、この日、抜鈎(針を抜くこと)することが出来た。
それと、不思議そうな顔で珉珠のことを見つめる。
「彼女は?」由弦の問いかけに、一同驚愕した。
「分からない!?」珉珠が優しく問い返すも、由弦は首を縦に振った。
悲しいことに、珉珠の顔を忘れてしまっていたのである。
「はぁ~」溜息を吐いて落胆する珉珠。
誰よりも一番近くにいたのに、彼女だけを忘れてしまっている。
咄嗟に、
「彼女は、慶太の秘書をしてる青木君というんだ」
弦一郎が言った。
珉珠は何も言うことなく、頭を下げた。
その珉珠の顔を由弦はじっと見つめている。
彼の中で、何か思い出せそうで、何か分かりそうで、頭の中がもやもやしているようだった。
「青木さん……」そう呟いた。
医師によると、運ばれた当初、あれだけ酷いと思われていた、頭蓋骨骨折も、出血量も少なく、挫傷が小さかっため、脳のダメージも極めて少なく、症状は見られない、記憶の消失も事故による一時的なものだと思われ、戻って行くと言った。
「記憶が戻らないことは?」と一条の質問に、
「ごく稀に、無いことも無いです」と医師が答えた。
悪い方には考えたくはないが、みんなもしもの時の考えが行った。
そんな中でも珉珠は、由弦の呼び方だけは変えなかった。
「由弦……」
そう珉珠に呼ばれたら、由弦は、
「はい……」
と答えた。
なぜか彼女の声は由弦にとって心地の良い声だった。
なぜかその声に惹かれる。
安心できて、なぜが懐かしい……