漢江のほとりで待ってる

その願いに応えるかのように、由弦は驚異的な回復力を見せた。

来月からリハビリも可能だと医師からも言われた。

ただ、記憶だけが戻らない。

何度も検査を行って、脳には異常は見られないのに、医師もそれを不思議に思った。

忙しい合間を縫って、一条も見舞いにやって来た。

「おぉ~!一条!仕事頑張ってる?でどうなってる?例の件」

突然由弦が、訳の分からないことを言い出した。

「例の件!?」

「もう~何だよ!会社やろうぜ!って五人で考えてたろ?だいぶ形になって来てたじゃん!正面玄関が開くと、オレのデザインしたCGがどデカいスクリーンでお出迎えするぜ!」

「……!!」

会社設立パーティーをした映像が、一条の中に蘇った。

「オレがこんなことになってしまってホントごめん!」

「高柳!お前、まさか……!?いくつになった?」

「は?オレ?二十だけど?何だよ今更~!」

「二十!!ってことはお前、大学生か……そんなことあるのかよ!」

一条は大きな独り言を吐いた。

珉珠も驚いて、言葉が出なかった。

由弦が大学生なら、自分とは出会っていない、だから彼の中に自分がいるはずがないと、納得できた。

この時はっきりと、由弦の口から出された言葉が過去のことだった。

彼は五年前の二十の頃に戻っていた。

あまりにもショックな出来事や耐え難い事実、痛みを軽減させるため、事故の記憶などをふさいでしまおうとする、防衛反応の一つと考えらえた。

PTSDや抑うつ、発作、人格変化などと言った、精神疾患の発症の恐れもあり、由弦は精神的なケアも受けることになった。

「恐らく、その二十の頃が一番輝かしく、生きがいを感じていた時代だったのではないでしょうか?」と精神科の医師が言う。

その頃と重ねることで、事故前後の苦痛な記憶を、無かったことにしようとしているとも言った。

確かに、小さな頃からずっとたらい回しにされ、愛情という愛情も知らず生きていた由弦にとって、この学生時代が、一番充実して、輝かしかったのかもしれないと、一条は納得した。

「ただ、本当に驚きなのは、意識の回復の見込みがないと思われがちな中、奇跡的な回復をされたのは、ひとえに、毎日付き添われた方が、手をマッサージしたり、話しかけたりと、脳に刺激を与えるようなことをされていたからだと思われます。その方のお陰と言っても過言ではない」

と医師は付け加えた。

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