漢江のほとりで待ってる
開かれた哀しみと怒りの扉(逆襲)
珉珠との記憶を取り戻した由弦は、起き上がり、珉珠の許へ一刻も早く行こうと走り出した。
走って行く中で、その瞬間、慶太と婚約をして、「ありがとう」と嬉し気に、笑顔を浮かべた、彼女の顔が思い浮かんだ。
それも、「おめでとう」と言ったあと、はっきりと自分の口で「ありがとう」そう言った。
愛おしげに、左手薬指にはめた指輪を見つめて。
走る足が止まった。
自分が記憶を取り戻したなんて言ったら、幸せそうな彼女の笑顔は消えてしまう、彼女を不幸にしてしまう。
彼女はやっと、幸せを掴んだんだ。
記憶のない自分の看病をして、どんなに辛くても傍にいてくれた人の、幸せを奪ってはいけない。
自分さえ黙っていれば、何もかもうまく行くと由弦は思った。
「それでいいんだ……」
由弦は心にそう誓った。
来た道を戻ると、静かに主人の帰りをじっと待つ、エトワールがいた。
「エトワール、待ってたの?エトワールが思い出させてくれたんだね。ありがとう。帰ろうか」
手綱を引いて、彼女と来た教会や湖へ続く森も、大切に歩いた。
そして何度も珉珠と見た湖を、由弦は目に焼き付けていた。
歩きながら、彼女との日々が昨日のように思い出されて行く。
何度も自分の名前を優しく呼ぶ、彼女の声が耳から離れない。
涙が込み上げてくる。
「珉珠さんを乗せてたんだね。彼女はもう来ないけど、また会いに来るよ、エトワール」
由弦はエトワールを優しく撫でた。
ブルブル、グググ~ブブブル~
由弦の声に答えるかのように、エトワールは優しく鳴いた。