漢江のほとりで待ってる
一条は、仕事の合間を縫って、由弦に連絡を取った。
弦一郎からの話を簡潔に話し、一度本社に戻り、社長に会うよう促した。
由弦ははっきりとした返事をしない。
躊躇った電話口から、記憶を取り戻したと聞こえて来た。
その言葉に、一条は衝撃を受け、一瞬言葉を失った。
「でも、誰にも言わずに黙っていてほしい」と由弦に頼まれた。
週末、二人は会って話すことに。
例の教会の近くにある、ホテルのカフェで二人は落ち合った。
コーヒーを一口飲むと、
「で?どんな風に思い出したんだ?」と一条。
由弦はその時のことを詳しく話したあと、念を押すように、「黙っててほしい」静かに由弦は言った。
「記憶を失くしたのは、高柳のせいじゃない、仕方のないことだ、それに、記憶を取り戻したと聞いたら、きっと彼女は誰よりも喜ぶはずだ」
一条が説得しても、
「あの病室で、オレに婚約したと、兄貴と一緒に言いに来た時、彼女とても嬉しそうだったんだ。幸せそうだった。そんな顔見たら言えなかった。それにオレが記憶を取り戻したなんて言ったら、彼女を困らせるだけ。せっかく前へ進もうとしてるのに……彼女の中でオレは記憶が戻らないままでいい、彼女は時間に添ったんだ。時間は流れてる。もう誰の幸せも奪いたくない、彼女の未来も奪いたくない」
と思い詰めたように、由弦は言った。
「ホントに彼女は何も知らないままでいいのか?」
「あぁ。オレも進まないと」
「高柳……」
「今日は仕事の話で来たんだろ?」
窓辺を見ながら、笑って由弦が言った。
一条は、由弦の気持ちを気にしながらも、弦一郎に頼まれていた件を話した。
そして、本家に一度戻って、弦一郎と話しをすると、約束をした由弦。
この日は、木漏れ日が、とても温かい日だった。