漢江のほとりで待ってる


本社のロビーでは、新専務を出迎えるため、各役員達が待機していた。そこへ新専務となる由弦がやって来た。

「お待ちしておりました~!いや~精悍な顔立ち! ご兄弟揃ってイケメンですね~! さぞかし父君である社長も鼻が高いでしょうね~!」

「ほんと足も長くて!」

常務や執行役員がおだてる中、このもてはやされように由弦は引いた。否定はしないが、容姿しか褒めてないな、と思いながら苦笑いした。

調子のよさそうな常務に誘導されるまま、会社をぐるりと案内され、通路には女性社員達が列をなし黄色い声が飛び交う。まるでどこかのアイドルでももてはやすようだった。その光景に戸惑いを隠せない由弦だった。

不慣れなパレードから離れ、一変、静けさを帯びた長い廊下に差し掛かり、エレベーターを乗り継いだ。兄のいる副社長室へ。社長室というルームプレートがなくても、扉そのものが尊厳に満ち溢れ、そこが慶太のいる部屋だと分かった。

扉の前で一息つく由弦。ノックをしたあと、低い声で「はい」と奥から返事が聞こえた。
声を聞いた瞬間、一気に緊張が高まった。それもそのはず、訳あって、長い間離れて暮らしていた兄に久しぶりに会う。果たして兄は笑顔で迎えてくれるだろうか?もしかしたら迷惑じゃないだろうか?と色んな気持ちが過る中、扉を開けた。
顔が見えるなり、座っていた副社長の慶太(三六) が立ち上がり、笑顔で出迎えた。

「よく来たな! 待ってたぞ! 元気だったか? しかし大きくなったな~! いくつになった? 確か~」

「二五だよ! 久しぶり~! 元気だったよ! 兄貴こそ元気だった? 浮いた話も聞かないから心配してたよ」

由弦の予想に反して、兄慶太は優しい笑顔で歓迎してくれた。同時に緊張が和らぎ、素直に言葉が出て来て、。

「ハハハ。浮いた話はよかったな。しかし二五か~。大人になったな? 大学で経済学を学びながらも、デザインでは企業側からプロデュースのオファーがあったり、お前の噂は日本にまで届いてたぞ! 頑張ってたんだな?」

「いや~、頑張ってただなんて、フラフラしてただけで、そんな言うほどのことはしてないよ」

「まぁそう謙遜するな」

離れていた時間は、兄弟の絆を引き裂くことは出来ないことを証明した。
この時の慶太は心の底から、弟の帰国を心から歓迎していたから。

慶太が言い終えた後、由弦は回りを見渡している。不思議に思ってその姿を慶太が見ていると、由弦は慶太の視線に気付いた。

「あ、しかし相変わらず部屋はもちろんのこと、机も綺麗だね? ホコリ一つないし。兄貴は昔からそうだったね? 本棚もピシッと揃えられてたし」

張り詰めたような整えられた部屋、積み上げられた書類一つの乱れもない、その様子を見て由弦は言った。

「性格だな。自分でも嫌になるほどだよ」

「少しは兄貴、自分を緩めてあげないと苦しくなるよ? オレみたいに少しはバカになってみて?」

軽く頭を掻き、苦笑する慶太を見ながら、気遣う由弦。
和やかな会話の中、由弦が慶太の隣に立っている、女性に目を移した。彼女は冷ややかな目をしていた。背筋を伸ばしキリっとした表情。立ち姿が美しいのが印象的だった。タイトめなスカートからすらりと伸びた足にやや高めのヒールを履き、靴にさえこだわりを感じさせた。

「あ! 彼女は青木君と言って、私の秘書をしてくれている。容姿の美しさもさることながら、仕事の出来はそれを上回るほどだ! 分からないことがあれば彼女に聞くといい。会社のことは全て把握しているから、頼りになるぞ!」

由弦の視線に気付いた慶太は秘書である青木珉珠(三四)を紹介した。

「秘書の青木珉珠(あおきみんじゅ)です。どうぞよろしくお願い致します」

模範とも思われる一礼をして、切れ長の鋭い瞳が緩み、由弦に微笑みかけた。第一印象とは裏腹に、優しい眼差しにドキリとした由弦。

「た、高柳由弦です。どうぞよろしくお願いします」

たじろぐ由弦は、軽く眉を掻いた。
すっと差し伸べ垂れた珉珠の手。二人握手をした。
改めて見つめた彼女の瞳は、とても優しく、ここの底から歓迎してくれているようだった。

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