漢江のほとりで待ってる


「青木君、君には本当に感謝している。あの不愛想な慶太に、長年よく付き添ってくれて。それにまた今回、慶太とは正反対の性格の弟の由弦が来て、君に面倒や苦労をかけるか心配だ」

弦一郎は苦笑した。首を横に振って答える珉珠。

「本題なんだが、今度は由弦の秘書をしてもらいたい。あの子を支えてやってほしい。青木君が傍で由弦を支えてくれるなら、何の心配もない。あの子もきっと今以上に仕事に専念し、大人として、一社会人として成長すると思う。どうだろう?ま、君が嫌でなかったらの話だが」

突然の事に言葉の出ない珉珠。

「ははは。いきなりこんな話をされると驚くのも無理はないな。いや、意図はない。社長として、ん~、父としてお願いしたい」

珉珠は「父として」、の言葉に重みを感じた、

「分かりました。精一杯、専務のサポートをさせていただきます」

「そうか。そう言ってもらえてよかった。話は変るが、慶太と由弦は腹違いの兄弟でね。あの子はヤンチャに見えるが本当はとても繊細な子なんだ。母親を早くに亡くして淋しい思いをかなりさせた」

弦一郎は由弦の生い立ちや由弦の母親の話をし始めた。

由弦の母親は、由弦が五つの時に病に倒れ、亡くなったことや、幼かった由弦を親戚中をたらい回しにしたこと、なれの果てアメリカにいる友人に預けた過去を明かした。

慶太の母親とは政略結婚で、そのお陰で高柳グループが大きくなり、その名を世界に知らしめたのも事実。

当時は表向きばかりを気にして、また弦一郎自身も若く、目付け役のような年寄り連中の言いなりで、自分の意見や意思も通らなかった。

慶太の母親である雅羅(アラ)は、とても気の利く、非の打ち所のない出来のよい妻。だけに、弦一郎も必死で肩肘張ってやって来たが、そんな妻の前で弱音も本音も吐くことが出来ない、息が抜けない状態だった。

そんな時出会ったのが由弦の母親、琴乃だった。彼女は、当時弦一郎の部下として働いていた。決して家柄も悪くはなかった。

ただ出会いが遅かっただけ。自分を曝け出して、それを全て受け止めてくれた琴乃に、弦一郎は癒された。そんな間に生まれた由弦だから、弦一郎はとても可愛がった。

「琴乃は由弦をお腹に宿した時、私から離れようとした。私のためを思って。けど私がそれを阻止したため、二人を不幸へとやってしまったのは紛れもない事実なんだ」

重い口調で、時折声を詰まらせる弦一郎。そのことに今でも苦しんでいることは、珉珠にも伝わった。

< 43 / 389 >

この作品をシェア

pagetop