漢江のほとりで待ってる
慶太が十一の時に由弦が生まれ、由弦が五つになるまでは、それなりに幸せに暮らせていた。
ただ、琴乃の存在も由弦の存在も、家族や身内、世間には公表せず、日陰の子として育てた。
そんな幸せも長く続かず、琴乃が病に倒れた時に、由弦の存在を隠し通せず、当時、保守的な考え方で、権力を牛耳っていた年寄り連中の言うがままに、「世間体」だの、「会社のイメージが悪くなる」、また親戚には、「部下に手を出し、その間にできた子なんて、高柳家に相応しくない!」など、「由弦を表に出すな!」と非難を浴びた。
父である弦一郎は周りに言われるまま、愛人の子呼ばわりされた由弦を手放した。
「あの子は、由弦は、私が手放すのを察していたのか、捨てられなまいと懸命に、私に笑っていい子で努めた。健気なほど、いや、痛いほどそれが伝わった、なのに私は……親戚に引き渡す時、あの子の涙を見ることが出来なかった。最初で最後のあの子の悲痛の願いも聞いてやれなかった」
弦一郎は当時の事を思い出して、涙ぐんだ。
―――― パパお願い!僕いっぱいいい子でいるか、パパと一緒にいたい!ママのいたこのお家にパパと一緒にいたい!とってもいい子にするからーっ!
「私は泣き叫ぶ由弦に背を向けた。わがまま一つ言ったこのないあの子に……」
呟く弦一郎の前で、珉珠も思わず涙した。
「若かったとは言え、私の弱さから引き起こしたこと。全て私の責任だ。けど、あの子はこの私を恨むことなく、願った以上に、いい子に育ってくれた。会う度笑顔で、この私を父と呼んでくれる。親バカだが、自慢の息子だ」
弦一郎の言葉にうなづく珉珠。
「由弦が中学に上がる頃には、アメリカの友人にも預けたこともあった。親戚の連中も、愛人の子と言うだけで毛嫌いし、由弦にとっても居心地が悪かっただろうと思っての配慮だったが、何の意味もないことを、ほんとに馬鹿げたことをしてしまった」
弦一郎は一呼吸置いて、
「一番母親の欲しい時に一番淋しい思いをさせた。あの子は親の愛情を知らない。私が全てを打ち明けていれば、由弦に淋しい思いはさせなかったかもしれない。だが、慶太のことを思うとそれは出来なかった。ただただ私が愚かなだけだった」
由弦が一五になる頃には、弦一郎もそこそこの権限を持ち、年寄り達や親戚を抑えつけられるまでになった。そこで由弦が自由に思いのまま生きて行くためにと、アメリカから呼び戻した。
けれど由弦は、父と暮らすことは選ばず、慶太のこと、また色んなことを考え、アメリカで暮らすこと選んだ。
「未だに色んな事に気を使っているとは思うが……由弦の自由を奪った、私があの子にはめた足枷と、私が背負わせた私の罪から、全てから由弦を解放してやりたい、そして誰よりも幸せになってほしいと願っている。だから、青木君、由弦のことも宜しく頼む」
珉珠を信頼しての、弦一郎たっての願いだった。
珉珠は言葉が出ず、涙を拭きながら、ただ深々と礼をした。