漢江のほとりで待ってる
「由弦……」
そう言うと珉珠は由弦を抱き寄せた。
「ん?どうしたの?」
珉珠は何も言わず、そのままの姿勢で抱擁した。
ずっと気掛かりだった、弦一郎の話を思い出し、出来ることなら、彼の幼い頃の哀しい記憶を自分が吸い取ってあげたいと思った。
はじめは戸惑っていた由弦も、その心地良さに珉珠に体を預けた。
しばらく沈黙のあと、
「今日はありがとう。さて、家まで送るよ」
そう言うと由弦は珉珠から離れた。
珉珠は優しい顔でうなずいた。
彼女を車に乗せ、部屋まで送った。
そして珉珠の住んでるマンション前。
「ここが珉珠さんの住んでるとこ?」
「そうよ?」
「そうか。また一つあなたのことを知ることが出来た。今日はホントにありがとう」
嬉し気に腕時計を見せて由弦は言った。その手を握り返す珉珠。
「ううん。こちらこそ、ありがとう。とても楽しかったわ」
「うん。じゃまた」
「うん。またね。おやすみなさい」
彼女の冷ややかな目は、必死で生きて来た証だった。弱みに付け込まれたら、挫けてしまったら、二度と立ち上がれなくなってしまう。
心に隙を見せたら付け込まれるだけ!今の自分があるのは、日本で生きて行くために培った珉珠なりの闘い方だった。
でもそれは、冷徹女の仮面は、由弦の前では外された。
由弦と出会い、由弦を愛することで、忘れていた、置き忘れていた心を取り戻したようだった。