漢江のほとりで待ってる


由弦は部屋に引きこもざる得なく、珉珠とも会えなくなった。

彼女の方から連絡は来ても、由弦がそれに答えることはなかった。

珉珠は、今彼がどんな思いでいるか、独り部屋で耐えているかと思うと胸が痛んだ。

会いに行けば返って迷惑になる、いつも彼が大変な時に限って、自分が役に立てないことに苛立った。

慶太は二人を引き裂く事も目的の一つだった。

「これで由弦を代表取締役から引きずり下ろせる。あいつは終わりだ。私の過去からの全てがこれで報われる」

やっと悪夢から解放される思いがした。

想像通り本社でも、上層部が、「今この騒ぎを食い止めるには、専務を会社から引き離すしかない!」と由弦の罷免要求する声が相次いだ。

この騒ぎにも慶太は、体の底から込み上げて来る快感に武者震いすらした。

この勢いで父である社長に、「このままでは収拾がつきません。取締役会で由弦の処分を決定すべき!そのあとの処理は自分が責任をもって致します」と伝えた。

だが社長は、すぐには首を縦には振らなかった。

社長の弦一郎は由弦をかくまうように、別荘に呼び出した。

そして、「お前の潔白を信じたい、だが今はそれを証明するのには時間がなさ過ぎる。これだけの騒ぎになってしまっている。お前のことはこの父が全力で守るから、お前の方から身を引いてくれないだろうか」と頭を下げた。

由弦は何も答えなかった。無表情のまま弦一郎を見つめて、辞表を父の前に差し出し、その場を去った。

息子の後姿を見送ることしか出来ず、またも弦一郎は由弦を裏切る形になってしまった。

父からそんな言葉など聞きたくなかった。あの時、幼い自分に背を向けた父の記憶が蘇った。

自分がどんなに頑張っても、疑いはされても、認めてくれることはないと悟った。

由弦は父を見限った。

優しかった父との思い出も、常に憧れ、頼もしい存在だった兄の記憶も、ガラス窓が壊れるように崩れ落ちて行った。


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