Good bye
いま
昔むかし、この地はとある大名が治めていました。
小さいながらも、立派な天守閣がある城を築き、住民からもとても愛されていました。全てが平和でした。
ある時、大きな戦が起こりました。平和をこよなく愛する殿様も出陣を迫られました。この時、殿様はまだ16歳でした。
殿様はまだ家督を継いでまもなく、もちろん戦も経験などしたことがありませんでしたが、家臣を引き連れ、必死に戦いました。
しかし、戦況は殿様方にどんどん不利になってゆき、殿様の城もとうとう攻め落とされてしまいました。
「私は武士だ。私はこの戦で大きな失敗もした。私のせいで負けたようなものだ。このままでは天国にいらっしゃる父上に示しがつかない。潔く自害する」
殿様は家臣を集め、言いました。もう兵はほとんど残ってませんでした。
「しかし、まだ殿には跡継ぎがいらっしゃらない。ここで我々の血は絶えてしまいますぞ」
「それで良いのじゃ。我ら一族は何年も、民の平和を案じ、守ってきた。ここが潮時なのだよ。皆私によくついてきてくれた。よく戦ってくれた。本当にありがとう」
殿様はその端正なお顔を歪ませて言いました。家臣たちも血と泥にまみれた頬を涙で濡らしながら、互いに盃を酌み交わし合い、それから自らの腹に短刀を突き立てました。
最後に残ったのは殿様と殿様が一番信頼していた家臣でした。
殿様は家臣に言い渡しました。
「心残りは私の妻だ。あいつは嫁いできてまだ日も浅い。ろくに夫婦らしいこともしてやれなかった。あいつはもっといい旦那に巡り会えるだろうから、そちはあいつを連れて生き延びよ」
「殿、いくら殿のご命令でもそれは致しかねませぬ。奥方と亡命などできるはずもありません。私もここで果てます」
「いいから早く城を出ろ!この城も、じきに火がつけられる。頼むから、私を介錯したあと、妻を連れて逃げてくれ」
「…かしこまりました」
家臣はしばらく黙っていましたが、やがて決意したように頷きました。
数時間後、家臣は炎に包まれた城を眺めながら、奥方に言いつけました。
「あなたはここで逃げてください。いくら殿との約束といえど、あなたと共にお逃げすることはできませぬ。私はここで果てようと思います。向こうの敵大将はあなたの兄上なのですから。今からでも間に合います。どうかお元気で」
「嫌じゃ、私もここで死ぬ!殿と共にあの世に行くの」
奥方はまだ15歳でした。年齢ゆえ幼いところも多く、家臣を困らせることもありましたが、決心はついているようでした。
「駄目ですよ、御方様!逃げてください。敵の追っ手が来ました。きっとあなたを探しています。あなたがここで死んだら、殿は悲しむ。殿はあなたに生きていて欲しいのです。私だって、あなたにここで果てて欲しくはない。殿様のご命令です。あなたはまだお若い。未来もある。お願いですから!!」
奥方は美しい瞳からハラハラと涙を流し、わかりました、とだけ呟きました。それから着物を脱ぎ捨て、走り去ってゆきました。
家臣はそれを見届けると、自らの腹に、力を込めて刀を突き立てました。
姫の行方は、それから知られていません。
兄である敵の元に渡ったのか、近くの農家に養ってもらったのか、詳しいことは定かではありませんが、おそらく、殿様の命を守り、自ら命を絶つことはしなかったでしょう。
小さいながらも、立派な天守閣がある城を築き、住民からもとても愛されていました。全てが平和でした。
ある時、大きな戦が起こりました。平和をこよなく愛する殿様も出陣を迫られました。この時、殿様はまだ16歳でした。
殿様はまだ家督を継いでまもなく、もちろん戦も経験などしたことがありませんでしたが、家臣を引き連れ、必死に戦いました。
しかし、戦況は殿様方にどんどん不利になってゆき、殿様の城もとうとう攻め落とされてしまいました。
「私は武士だ。私はこの戦で大きな失敗もした。私のせいで負けたようなものだ。このままでは天国にいらっしゃる父上に示しがつかない。潔く自害する」
殿様は家臣を集め、言いました。もう兵はほとんど残ってませんでした。
「しかし、まだ殿には跡継ぎがいらっしゃらない。ここで我々の血は絶えてしまいますぞ」
「それで良いのじゃ。我ら一族は何年も、民の平和を案じ、守ってきた。ここが潮時なのだよ。皆私によくついてきてくれた。よく戦ってくれた。本当にありがとう」
殿様はその端正なお顔を歪ませて言いました。家臣たちも血と泥にまみれた頬を涙で濡らしながら、互いに盃を酌み交わし合い、それから自らの腹に短刀を突き立てました。
最後に残ったのは殿様と殿様が一番信頼していた家臣でした。
殿様は家臣に言い渡しました。
「心残りは私の妻だ。あいつは嫁いできてまだ日も浅い。ろくに夫婦らしいこともしてやれなかった。あいつはもっといい旦那に巡り会えるだろうから、そちはあいつを連れて生き延びよ」
「殿、いくら殿のご命令でもそれは致しかねませぬ。奥方と亡命などできるはずもありません。私もここで果てます」
「いいから早く城を出ろ!この城も、じきに火がつけられる。頼むから、私を介錯したあと、妻を連れて逃げてくれ」
「…かしこまりました」
家臣はしばらく黙っていましたが、やがて決意したように頷きました。
数時間後、家臣は炎に包まれた城を眺めながら、奥方に言いつけました。
「あなたはここで逃げてください。いくら殿との約束といえど、あなたと共にお逃げすることはできませぬ。私はここで果てようと思います。向こうの敵大将はあなたの兄上なのですから。今からでも間に合います。どうかお元気で」
「嫌じゃ、私もここで死ぬ!殿と共にあの世に行くの」
奥方はまだ15歳でした。年齢ゆえ幼いところも多く、家臣を困らせることもありましたが、決心はついているようでした。
「駄目ですよ、御方様!逃げてください。敵の追っ手が来ました。きっとあなたを探しています。あなたがここで死んだら、殿は悲しむ。殿はあなたに生きていて欲しいのです。私だって、あなたにここで果てて欲しくはない。殿様のご命令です。あなたはまだお若い。未来もある。お願いですから!!」
奥方は美しい瞳からハラハラと涙を流し、わかりました、とだけ呟きました。それから着物を脱ぎ捨て、走り去ってゆきました。
家臣はそれを見届けると、自らの腹に、力を込めて刀を突き立てました。
姫の行方は、それから知られていません。
兄である敵の元に渡ったのか、近くの農家に養ってもらったのか、詳しいことは定かではありませんが、おそらく、殿様の命を守り、自ら命を絶つことはしなかったでしょう。
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