楔~くさび~
「ヒカリちゃん」
「あっ、マコトさん。おはようございます」
「おはよ。ここ座ってもいい?」
「あっ、はい」
「あ、これウマそう」
私が食べてたサラダのプチトマトをいきなり口に入れた。ビックリして見てるだけの私。マコトさんが優しく笑う。
「ヒカリちゃん、進学校に行ってるんだって?大変だね」
「でも、自分で決めたことだから」
「そこがすごいんだよ。最近の子って自分で決めるってことがなかなかできないんだよ。・・・最近の子とか言うのってオッサンだな」
マコトさんの笑顔はさわやかだ。
マコトさんはもともとソロのミュージシャンだ。最近はドラマもやるしCMも出てる。ここ数年でいきなり売れてきた人。私、アルバム持ってるし。
「あの・・・マコトさんって何歳でしたっけ?」
「オレ?26。」
「10歳も上なんだ」
「えっ?まだ16?」
「はい、誕生日まだ来てないから」
「そうなんだ。いつなの?」
「10月です・・・」
「ふ~ん。・・・じゃあ、誕生日会しよっか」
「えっ!?」
「もうすぐ撮影終わるじゃん」
今撮影しているドラマは7~9月クールのドラマだから、9月上旬には撮影クランクアップの予定。既に8月が終わろうとしてる。
「何か悩みとかないの?」
「悩みですか?・・・・・できないことかな」
「・・えっ、何?」
「恋ができない」
「どして?モテるでしょ?」
それはホントのことで、月1ペースで誰かしらに告白されたりはしてた。でも、ずっと断り続けていた。あんまり知らないスタッフだったり、1回会っただけの芸能人だったりしたし。
初恋のトラウマも大きかった。
今度はもっと、穏やかな気持ちで恋がしたかった。ゆっくり優しい風のなかでゆらゆら揺れるような恋。でも、忙しい私にそんなことは無理だった。