〜starting over〜
風に身を任せ、流されるままフワフワ漂えたら、どんなに楽だろう。
もう、何も考えたくない。

「ごめん、何も出来なくて。真輝には、よく言って聞かせるから」

島田君の呟きに、どう答えたらいいのか解らなくて、聞こえないふりをした。
担任の入室とともに、背中に感じていた雑音が静かになる。
視線を机の木目に移し、また溜め息が零した。
玲奈、早く来ないかな。
いつもみたいに愚痴を聞いてもらってスッキリしたら。
きっと、いつもの私に戻れるかもしれない。
スカートのポケットに手を入れて、震えないスマホを握り続けた。

3限目が終わった休憩時間。
やっと玲奈が登校してきた。

「今朝、ちょっと体調悪くて遅れちゃった……て。杏、顔色悪いけど大丈夫?」

飛びつくように玲奈の肩に額を寄せる。

「どうしたの?」

そう耳元でかけられる柔らかな声は落ち着く。
玲奈の匂いが私の嗅覚を刺激した。

「あ~。玲奈の匂いがする~」
「そ、そう?」

玲奈は朝にお風呂に入る習慣がある。
薔薇の香りが好きで、薔薇の香りがするシャンプーやボディソープを使っていて、朝はその匂いがふんわり香って。
玲奈が傍に居るって感じが頼もしく感じられて好き。

「あ、あのね」
「……ちょっと、移動しようか」
「うん……」

言いかけると、私の腕を解きながら玲奈が、ベランダへ促す。
ここでは好奇な視線と聞き耳を立ててる連中も多い。
既にいつもの冷やかしグループが含み嗤いでこちらを窺っている。
教室内は、私には針の筵でしかないんだ。
だけど、壁に耳あり障子に目あり。
ベランダに出たからといって、ここは完全な安全圏ではない。
窓から死角になる壁際に身を潜める。
更に島田君が、内側から私たちが見えるであろう位置を陣取って壁の効果を果たしてくれていた。
有り難い。
ここに、私の味方は玲奈と島田君しか居ない。
ギリギリ残る理性を総動員させて、周囲を窺いながら、しがみつくように玲奈の腕をとる。
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