〜starting over〜
ダウン気味だった高揚感が一気に氷点下まで下げられる。

「……通してください」

自分でも吃驚するほど低い声が出た。
私が滅多に人を受け入れない事を知っているメンバーは、大事なお客様と勘違いしたのかソワソワし始める。
少しして、スタッフに案内されて2人の女の子が控え室にやってきた。
私を見るなり、

「杏ちゃんっ、久しぶり~!」
「きゃ~っ、本物ヤバイ!皆可愛い!ほっそ!」

手を取り合い、そう燥ぐのは、私と同じくらいの女の子二人組み。
ライブ終了直後の興奮冷めやらぬ様子で、顔が上気している。

「いらっしゃい。楽しんでくれて良かった」

リーダーのマイが、おもてなしと言わんばかりに優しく話しかける。

「ライブ凄く良かったです!ラスト感動して。あ~、昔よく遊んだあの杏ちゃんがあのMuseなんて信じられない!」

私に近づこうとして、逆に私は一歩後退った。
何も言わず、顔に微笑みらしきものを張り付ける、つもりだけど、周囲にはどう映っているかは不明だ。
ああ。
このふつふつと込み上げてくる感情をなんて言えばいいんだろう。
黒くどろどろとしたヘドロのような感情。
いっそその泥沼のようなものに飲み込まれたらどんなに楽か。

―――無邪気な笑顔が鼻につく。

名前は、佐伯……。
佐伯 野乃花。

「杏とはどういう関係なの?」
「杏ちゃんとは、父同士が親友で~。私の家が引っ越しするまでぇ、時々遊んでたってゆうか~。仲良かったよね~、杏ちゃん」

お父さん同士が親友?
仲が良かった?
引っ越しするまで?

「そうなんだぁ。その隣の子は?今日楽しんでもらえたかな?」
「あ、わ、私、野乃花の友達の日菜子ですっ」
「あ、私達、今年大学受験なんですけど、毎日勉強勉強で発狂しそうだったんだけど、今日はサイコーの息抜きになりました!!」

ギュッと拳を握りしめる。

『ふざけんなっ!!』

そう叫びたかった。
あんたの父親は、その親友を裏切って、借金押し付けて逃げたのよっ。
あんたの親が、私達家族に何をしたか、知らないの!?
だから、そんな無邪気に笑ってられるの?
私は親元を離されて、高校も辞めてるのに……。
あんたは何も知らなぬ、存ぜぬで、家族仲良く暮らしてて、更に大学受験ですって?
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