〜starting over〜
凱旋と言えば聞こえはいいが、私にとっては地獄。
ロケバスで移動中、見慣れたはずの景色に焦燥感を覚える。
空地だった場所に家が建ったり、逆に無くなっていたり。
毎日通っていた通学路も、知らない顔ばかり。
2年という月日は、あっという間で。
だけど、狭い地域なりにも、着実に変化していた。
私が最後過ごしたのは、衣替えも季節だった。
希望を抱いて入学した学校は、私にとって針の筵で、苦しくて、でも負けたくなくて。
毎日気を張って過ごしていた。
気合を入れて結い上げたポニーテールは、今や私のトレードマークになっている。
だから、目の前に聳え立つ数か月だけ通った校舎は、私の心に何の感動も与えなかった。
ただ、正門につながる坂道は、今にも張り裂けそうな程胸を締め付ける。
毎朝、この坂をどんな思いで上った事か……。
「さてと。行きますか~」
「うん」
「大丈夫、会わないよ」
最後小声で言って、先に昇降口に向かう奈々の背中を追う。
沈んでなんていられない。
もう、ロケ(仕事)はスタートしているんだから。
奈々の『会わないよ』は、真輝の事だろう。
今ツアー中のライブはDVDにされる。
そこで、凱旋ライブを収録するにあたって、私達『AnnA』の出会いの場である高校を訪ね振り返るという企画が持ち上がった。
初回特典として付随させ、売上、収益アップを狙っての事だ。
しかも、私と奈々の凱旋と謳いつつ、あわよくば私のスキャンダルの素となった場所を収録する事で、話題にしたいのも見え隠れしている。
母校訪問何て、私には青春の輝かしい思い出何て1つもない。
今回の企画は最後まで反対したけど、これもビジネスだ。
解ってる。
この世界は、良くも悪くも注目されてこそだもの。
完全沈下せず燻っている今は、まだ利用価値がある。
一応、大きな混乱を避けるため、夏休みという生徒が少ない時期に撮影する事で治まり、本日に至っている。
それでも、多少のリアリティも欲しいとの事で、部活動のある午前中に撮影する事になった。
真輝はまだここに在籍しているみたいだけど、部活なんてやってなかったし、会う事は確実にないだろう。
「ここが、私達が通っていた高校です。懐かし~」
「数か月しか通ってなかったけどね」