〜starting over〜
私を冷やかした連中か、私を守ってくれてた玲奈と島田君か……。

「杏は知らないだろうけど、狭い地域でしょ?駅前のカラオケ、私もよく行っててさー。時々聞こえてくる声が凄く綺麗で、誰だろうっていつも気になってたんだ。それで、声を辿って部屋に見に行った事があって」
「それ、怖いんですけど」
「あはは。で、覗いたら杏がいたの」

確かに駅前のカラオケは、学生の利用が多い場所だった。
音漏れは気になったけど、学生のお財布に優しい価格帯を考えると妥協してたのよね。

「だから、メンバー脱退で、メンバー補充オーデイションするって聞いた時、真っ先に杏を思い出したんだ。でも、杏は退学して行方不明だったから諦めてて……」
「行方不明って」

事件性を感じるようなフレーズにドキッとした。
あの後、そんな事になってたのか。

「だから、オーディションで杏見た時、めっちゃ嬉しかった!」

収録用の昔話だとしても、そんな風に思ってくれていたなんて知らなかった。
嬉しいかも。
奈々は悪ふざけも過ぎるけど、仕事はきちんとこなす、真面目な一面がある。

「ふふっ。奈々、すっごい驚いた顔してたよね」

あの時の顔を思い出すと未だに笑える。
最終オーディションは、1期メンバーも審査に加わって、そこで奈々と再会した時、奈々は絵にかいたような瞠目と大口であんぐりしてた。

「そりゃあもう、心底仰天!だった。でも、メンバー抜けた事で、Museの芯がなくなったのは、メンバー皆感じてて。自分達でも解るほど、1人の穴が大きかったんだよね。それまで5人で頑張ってたつもりが、本当はどれだけ1人に頼ってたか思い知ったんだ。歌はあまり好きじゃないけど、ダンスが出来ればいい。私は、音楽に対して真摯じゃなかった。私達のいい加減さが脱退者を生んでんじゃないかって、思えた」

奈々が、矢代瑠璃の脱退時を語る。
それだけ、矢代瑠璃のカリスマ性が高かったって事だろう。

「4人でも続行可能だっだけど、みるみる人気が落ちてくのが解って怖かった」
「奈々……」
「それで、起死回生を狙ってメンバー追加の話が出た時、すぐに杏を思い出したの。あの声が耳から離れなかったから。すぐ地元の友達に連絡をとって、杏にコンタクトを図れる人捜したけど、誰も杏の行方を知らなくて……。だから、杏と最終で見た時、興奮した。杏は、絶対絶対、絶対絶対絶対、間違いなく受かるって思ってた」
「……」
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