〜starting over〜
後ろめたいものがないのだから、杏という人間を全面に出すことにした。
アイツの努力を無駄にさせない。
誰にも何も言わせない、人気と実力、それに見合った名声を手にさせなければ。
新曲を続けてリリースし、AnnAとしてもデビューさせた。
杏の真摯な気持ちはパフォーマンスに模られ、Museとしてバランスをとって唄うスタイルも、AnnAでは思う存分、歌唱力を発揮できるようにした。
そのうち真輝も消え、人気は安定期に入った。
帰宅するとマンションに明かりが点いていた。
中では杏が料理をしていて、俺の帰りを待っていたようだ。
食事を終え、酒を酌み交わしていると、暫くして杏の指先が手に触れてきた。
酔いが回っているのだろうか。
不快感はないので好きなようにさせておく。
ただ……潤んだ瞳に見つめられると、劣情が煽られる。
視線を逸らして自分の理性が保つが、細く冷たい手は、泰然を押し通す俺を甘く篭絡しようと指を絡めてきた。
喉が上下する。
頭の隅で警笛が鳴り響き、お開きにした方がいいだろうかと思っていると、耳を疑うような言葉が飛び出た。
「湊さんが……欲しいの」
義兄夫婦が頭を過ったが、目の前の甘い果実。
ダメだと解っていても、一口食べたいと思ってしまう。
この手で狂わせて、俺だけのものにしてしまいたい。
「最後まで責任を持つ」と意を決してベッドで組み敷いた。
白い肢体は艶やかで、甘い蜜を零す。
花に誘われた虫は、本能には逆らえない。
膝に触れ、腿の内側をなぞりあげ、付け根を辿ると、熱い吐息が天を打った。
初めて経験する未知の快楽に、戸惑いながらも恍惚とする杏。
込み上げてくる愛しさと、滾る劣情を幾度と打ち付ける。
僅かに残る罪悪感と、欲しいものが手に入った充足感。
瑞樹と付き合っている時、何処か性に対して毛嫌いをしている節があり、2人の関係が進むにつれ壁を厚くし警戒する様子が窺えた、杏。
その杏が、自分から身体を開き求めるという事は、本気なのだと受け取りたい。
2人の関係性・環境を考慮すると、俺の希望的観測ではないはずだし、決して杏のトラウマを克服しての好奇心ではないはずだ。
どちらにしても、酒の勢いで終わらせるつもりはない。