アヴァロンの箱庭
下ごしらえを終えて、アップルパイを暖炉の上で焼いていたイブが振り返って尋ねる。

「いや……別に何でもないよ。そう言えば、誰が君にイブって名前を付けたの?」

「私だよ。この世界に来た最初の日に、私自身が名づけたの」

「どうして?」

「だって、リンゴがいっぱいあるから。ここはアヴァロンの箱庭だけど、その時はエデンの園にも似てるなあ、って思って。そうしたらさ、私はイブになるじゃない?」
 
そう言って悪戯っぽく笑うイブに、真冬も少し笑みを浮かべながら言う。

「それじゃあ……僕はアダムってことになるのかな」
 
すると、イブは不意に真顔になって小さな首を横に振った。

「ううん。それは違うよ」

「えっ? ……あっ、ごめん! 別にそんな、変な意味では……!」

「ううん、そういうことじゃなくて。私はマフユのことが好きだよ。愛してる、って言ってもいいのかもしれない。だけど……例えそうだとしても、マフユはアダムなんかじゃない。それだけは確かなの」
 


そう言われて、真冬はただただ困惑してイブを見つめ返すことしか出来なかった。

しかし、イブは何も答えない。

何も答えないということは答えたくないのだとこの短い時間の間に学んでいた真冬は、だからそれ以上追及しようとはしなかった。

「……あ! そろそろいい焼き加減だよ! ほらマフユ、早く食べよう!」
 


そう言って、先程とは別人のようにはしゃぎながら銀髪を揺らして真冬の腕に抱き着くイブは、真冬の目にはことさらに綺麗に映った。

単純に好きとか嫌いとかではなくて、この世界や美しい絵画を見た時同様に――『嗚呼、綺麗だ』と。

そう思わせる何かが、彼女にもやはりあった。
 
それは、決して真冬には届かない輝かしい幻の様なもので――真冬は思わず彼女の頭に手を伸ばしかけ、そして危うい所で踏み止まるのだった。

その後……二人で食べた虹色に輝くアップルパイは確かに、これまで食べたどんな食べ物よりも美味しかった。
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